いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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『パンデミック監視社会』 著 デイヴィッド・ライアン 訳 松本剛史

 本書は、新型コロナウイルスの感染拡大のもと、「猛威を振るうウイルスに対処するため」といって、GAFAなどの巨大IT企業と国家とが結託して監視技術を広範に導入し監視国家体制を強化していること、それがパンデミック以後の世界でも続き、民主主義を歪める可能性が高いことに警鐘を鳴らしている。著者はイギリス生まれの社会学者で、現在カナダのクイーンズ大学社会学部教授だ。

 

 新型コロナの感染が広がり始めた2020年4月、米グーグルと米アップルが、デジタル接触確認システムについて、Bluetoothをもとにしたアプリの開発支援技術を共同で発表した。それはスマホを使ってウイルスにさらされた可能性のある接触者を特定しようとするもので、まず感染者からの情報提供をもとに、その人が感染期間中に誰に感染させた可能性があるかを追跡し、それによって感染に関わった全員を特定し、濃厚接触者を隔離するなどして感染拡大を防ぐとされた。接触確認のデータは、スマホに内蔵された位置追跡機能に頼っている。その後、各国政府がその導入を次々と発表した。

 

 確かに日本版接触確認アプリ「COCOA」はまったく役に立たなかったし、早急な導入で失敗した国は少なくなかったようだが、それでも2020年12月までに世界74カ国が、接触確認の手段としてなんらかのスマホアプリを採用した。

 

 それだけでなく、2020年から2021年にかけて、世界各国の政府や企業が監視体制強化のために顔認証技術やドローンに新たな側面を付け加え、さらに監視のための新たなデータ使用を可能にするために、法律や規則が急きょ制定されたり変更されたりしている。

 

同意得ず全行動歴収集  各国で批判高まる

 

 もちろん著者は、こうした技術が人々に役立った側面も否定してはいない。台湾や韓国などの国ではそうした技術はコロナ感染の抑制に役立ったし、各国で仕事や教育を続けるためにオンラインはありがたい存在となった。

 

 しかし、その反面で次のような事実があることは見逃せない。

 

 韓国では政府が感染者1人1人の行動を、身元は伏せて逐一ウェブサイトで公表した。「患者12番は、映画○○(実名)の午後5時30分の回でE13とE14の座席を予約した」「患者17番はソウルの○○料理店で食事をした」というふうに。それがまだ見つかっていない濃厚接触者を突き止めようとする試みであることは確かだが、こうしたデータすべてが悪意のある人間の手に渡ればどうなるか? 政治が国民の安心安全を守るために機能せず、データの濫用を防ぐ法的枠組みも欠けているなら、それは国家権力による監視強化への「架け橋」にもなりうる。

 

 たとえば、米ミネソタ州が「ブラック・ライブズ・マター」の参加者同士のつながりを特定するために接触確認アプリを利用していたことが、2020年5月に発覚した。データを利用されている当人たちが知らない間に。

 

 米ニューヨーク州知事アンドリュー・クオモ(当時)は、グーグルやマイクロソフトとともに「市民生活のあらゆる面にテクノロジーを恒常的に統合する」という新しいニューヨーク像を打ち出した。同州は全米で初めてワクチン証明アプリ「デジタル・ワクチン・パスポート」の提供を始めたが、市民から「位置情報や医療内容のデータが収集・保存されるのかどうか、誰がその個人情報にアクセスできるのか不明」だと大きな批判が巻き起こった。

 

 米マサチューセッツ州は、新型コロナの濃厚接触者にアラートを発する「マスノーティファイ」というとりくみをおこなった。グーグルは同州公衆衛生局と協力しながら、この追跡アプリを利用者に黙って、その同意も得ずに、すべてのアンドロイド端末にインストールしていた。

 

 その他にもっと悪質な例では、イスラエルの治安諜報機関シンベトが、接触確認プログラムを反体制的な行動をとる市民の監視に利用している。シンガポールでは、司法当局が刑事事件の捜査のために接触確認アプリが収集した個人情報にアクセスしたことがばれて、市民の批判を浴びている。

 

社会全体を一方向に誘導  IT企業と結託し

 

 9・11テロ事件後のアメリカでは、イスラム教徒や黒人など弱い立場にある人たちへの監視が強化され、逮捕・投獄があいついだ。著者は現在の監視の強化が、パンデミック下でのショック・ドクトリンによって持ち込まれたとのべている。政府がデジタル庁を新設した日本も他人事ではない。

 

 エドワード・スノーデンは、米国NSA(国家安全保障局)が世界中の人々の個人情報を大量・無差別に収集・保存し、大量監視をおこなっていることを暴露した。本書のなかで著者は、こうした監視の強化が、社会を構成する一人一人の個人の自律性を奪い、一つの方向に誘導する危険性をはらんでいると指摘している。グーグルがスマホ利用者の個人情報を集めて企業に売り、その企業がターゲティング広告を出して、利用者が買わなくてもいい商品を買ってしまうように。

 

 最近、ウクライナ危機をめぐって、米メタが傘下のフェイスブックとインスタグラムでヘイトスピーチの方針を変更し、「ロシアの侵略者に死を!」という通常では規則違反となる投稿も容認すると発表した。ナチズムに対する規定も緩和するなど、政治的な都合を背景に二重基準をもうけた。これは、「これ以上の犠牲者を出さないために即時停戦を」との呼びかけに逆行するもので、より犠牲者を増やす戦争を煽る行為そのものだ。好戦的主張一色で社会を染めあげるような空気を誰がなんのためにつくっているのか、考えないわけにはいかない。

 

 (ちくま新書、250ページ、定価840円+税)

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