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『日本の食と農の未来』 著・小口広太

 「コロナ禍で消費者の意識、食に対する考えが変わってきている」そうだ。食料自給や地産地消などのローカル・フードシステムへの見直しが始まり、都市生活者のなかで耕す市民が増加している。

 

 東京都農林水産振興財団の広域援農ボランティアへの登録者は、昨年3月時点で376人だったが、その後5月からの3カ月間で200人増えた。都市の脆弱性が明らかになるなか、農村地域、千葉県や埼玉県など都市近郊地域への移住や、二地域居住にも注目が集まっている。


 もちろん日本の農業の現状は、本書にもあるように、食料自給率38%、なかでも穀物自給率は世界172カ国中125番目という低さ。農業就業人口は2019年度時点で168万人で、1950年の約10分の1。農業従事者の平均年齢67・8歳。耕作放棄地は42万3000㌶になり、それは滋賀県の面積に匹敵する。


 そのうえ、日本のフード・マイレージ(食料の輸送量に輸送距離を掛けたもの)は約9000億㌧・㌔㍍で世界一、アメリカの約3倍であり、こうして世界から食物を輸入しておきながら、毎年600万㌧ものまだ食べられる食品を廃棄している。「効率化」といいつつ、いかに浪費的で環境破壊的かであり、いったん世界食料危機になれば国民はたちまち飢餓線上に追い込まれる。食料安全保障など無視した国づくりになっている。


 そうしたなかで最初にのべた新たな動きが起こっているわけだが、本書の著者(1983年、長野県の農家に生まれ、現在は千葉商科大学准教授で日本有機農業学会事務局長)も、大学院生のとき、1年間埼玉県の農場で有機農業の研修を受けた。同世代のなかにも、自然や地域とのつながり、生き方を強く意識し、農業みずからの職業として選択するUターンやIターン者、祖父母が営んでいた農業を継承したいという「孫ターン」が増えているといい、そこに若い世代の価値観の転換を見ている。


 そこから本書は、食と農、つまり農業生産の現場と各家庭の食卓とのつながりの再構築をめざし、多様な農業の担い手を育て、食と農をつなぐ仕組みを新たに創造するさまざまな試みを紹介している。新規就農者の多様な実践、有機農業の場合はどうか、また食と農をつなぐフードシステム、なかでも生産者と消費者の距離が近いローカル・フードシステムのさまざまなとりくみを紹介している。

 

暮らし守る新たな流通創造  「提携」の実践各地で

 

 そのなかの一例として、フードシステムについて見てみたい。市場外流通には、「朝市」など以前から地域に根付いているとりくみもあるが、本書ではそれと区別して「オールタナティブ・フードシステム」に注目している。それをとりくんでいる人たちは、食と農のグローバル化から生じた生産と消費の「歪み」「危機感」についての問題意識を持ち、生産者と消費者が共同で「暮らしを守る」ことを出発点にし、新しい流通を創造する自発的な動きになっている。


 たとえば、有機農業にとりくむ生産者が消費者に直接農産物を届ける「提携」という実践が各地で生まれている。有機農業は化学肥料や農薬、遺伝子組み換え技術を使わないだけでなく、提携を通じて生産―流通―消費のプロセスを新たに創造するとりくみであり、そこから地域の再生へと展開する実践も生まれているという。


 それは生産者と消費者の「顔が見える関係性」「信頼関係」を重視し、栽培計画や出荷数量、価格を決定する意見交換会、よりよい社会に向けた価値観の共有をはかる学習活動、援農、収穫祭や現地見学会など、交流の機会を多くもうけている。


 一方、消費者は、生産者の生活保障や生産コストを基準に再生産が可能な価格で買い支え、旬を大事にしながら食卓をつくる。つまり「提携」は、生産者と消費者がみずからの暮らしを見直していく共同作業といえる。


 また、食と農をつなぐとりくみの一つとして、学校給食の重要性をあげている。


 東京都小平市は、19校すべての公立小学校が自校式。市の方針として「地場農産物導入率30%」を掲げ、昨年度に達成した(2004年度は2・3%)。


 まず、需要の拡大だが、市は学校給食で使う地場農産物の購入費用を一部補助することにした。地場農産物の利用量を増やすと、その分補助の金額も増える仕組みだ。


 供給の面では、地場農産物の配送に補助を出すことにした。そして農協が契約・集荷・配送を担うことで、新たな生産者の確保につながった。現在、50軒をこえる農家が農協を通じて出荷している。


 また、毎年、全小学校で統一メニュー「小平夏野菜カレーの日」「小平冬野菜煮だんごの日」をもうけ、地場農産物への関心を高めること、季節の野菜を知り旬のおいしさを味わうことを目的に実施している。生産者が先生役となって生徒の質問に答え、一緒に給食を味わうことが好評だという。


 そのほか東京都国分寺市では、「都市農業のよき理解者」を育てるために「市民農業大学」を開校し、専用の圃場で実習と座学をおこなってきたが、最近ではそれを基礎に「援農ボランティア」の事業を始めた。ボランティアが都市農業の発展に役割をはたしているという。


 まだ全体としての規模は少ないとはいえ、農業の衰退を転換しようとする意欲的試みが各地でおこなわれており、それが新しいシステムと新しい価値観を創造するものになっていることが特徴といえる。 


 (光文社新書、242ページ、定価820円+税)

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