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『リニア新幹線と南海トラフ巨大地震』 著・石橋克彦

 「品川―名古屋間を時速505㌔で、約40分で結ぶ」と宣伝されるリニア中央新幹線が、経済面や技術面、環境に与える影響など多くの問題を抱えていることから、各分野の研究者や住民団体より「国家百年の愚策」と中止を求める声があがっている。本書は神戸大学名誉教授で地震研究者である著者によるもので、リニア新幹線が何本もの第一級の活断層をトンネルで横切る計画であることから、活断層による内陸大地震か南海トラフ巨大地震で大惨事になる恐れがあると警鐘を乱打している。

 

 著者によると、日本列島の陸域の大地震は、ほとんどが深さ15~20㌔より浅い「上部地殻」で発生する。そこでは山地や盆地の形成といった地殻の変動を生む「造構力」が、おおむね水平に、絶えず働いている(プレートの運動に起因)。この造構力はゆっくりとではあるが「古傷」(活断層やプレート境界面)への圧力を強めていき、「古傷」が耐えきれなくなると「ズレ破壊」(震源断層運動)を起こす。これが地震だ。

 

 だから鉄道や道路は、活断層を横切れば、それが活動したときに致命的被害を受ける恐れがある。1930年の北伊豆地震で、東海道本線の丹那トンネルは横ズレの断層運動で約2㍍ずれた。そしてリニア新幹線(品川―大阪)は、中央構造線や糸魚川―静岡構造線をはじめ12の活断層をトンネルで横切るように設計されている。そのさい国交省の中央新幹線小委員会は、活断層や地震の影響をまったく考慮しなかったし、そもそも小委員会に地震の専門家を入れなかったというのだから唖然とする。

 

なぜ「国家百年の愚策」なのか

 

 著者は、南海トラフ地震の前後にこれらの活断層のどれかで大地震が起こる可能性はけっして低くないと指摘し、次のように予測している。

 

 リニア新幹線は、路線の9割近くがトンネルだ。M7前後以上の地震が起こると、トンネル内でズレ破壊が起こる。500㌔で走っている列車は緊急停止をかけてから止まるまでに約70秒かかるが、地震発生と同時にトンネルと列車がある幅で切断される。数㍍の段差が生じるだけでなく、隆起側が沈降側にのし上げる形になる。列車はちぎられ、砕かれて、一部が地山にくわえ込まれてしまうだろう。救助隊はトンネル坑口から入るが、全車両が破壊され散乱し、大量出水があったりして、容易に現場には近づけないだろう。

 

 政府は、フィリピン海プレートの沈み込みに起因する地殻変形の結果、駿河湾から日向灘沖までを震源域とするM9クラスの南海トラフ地震が、2021年1月1日から30年以内に70~80%の確率で発生すると評価している。リニア新幹線が開業した後、営業時間帯に南海トラフ地震が発生するとどうなるか?

 

 全列車が一斉に緊急停止を開始してから20~50秒以内には、リニア路線の広範囲を長く激しい主要動が襲い、長周期強震動がさらに何分も続く。駿河湾に近い赤石山地周辺は地震発生と同時に広範囲が沈降すると見られるが、ここは種々の岩層が複雑に堆積しているから凸凹に沈降する恐れがあり、列車の大事故と損傷、トンネル内部の損壊・大量出水を招きかねない。また、リニアが南アルプストンネルを抜けた地点は、V字谷が深く地質がもろいので、大規模な斜面崩壊や地滑りが起こり、列車が埋まってしまう危険性があると別の専門家も注意を喚起している。

 

 さらに困難なのは乗客の避難だ。巨大地震が起これば早期地震警報システムが作動して全列車が緊急停止する。広域停電となるなか、上下線で合計8~10数本の列車の全乗客、赤ん坊や年寄りを含めた数千人から1万数千人が地下からの脱出に挑まなくてはならない。非常口の立坑は5㌔おきなので、乗客は余震が続く暗いトンネルの中を何㌔も歩き、エレベーターが止まっていればさらに数十㍍の階段を歩いて上らねばならない。

 

 総延長25㌔もある南アルプストンネルの場合、中央部で停止したら西俣非常口から出ることになるが、トンネルから地上までの標高差は約320㍍で、乗客は約3・5㌔の上り坂を歩かねばならない。大規模な斜面崩壊で出口がふさがれているかもしれないし、何とか地上に出たとしても、そこは標高1535㍍の山の上、冬なら雪山の世界で、そこで救出を待つことになる。地元の静岡県は大地震の復旧に大わらわになっているだろうと想像すると、乗客の運命にぞっとする。経済効果を煽るばかりで、こうした最悪の事態を想定する想像力もないこの国の為政者に怒りがわいてくる。

 

 そもそも一人当たりにして新幹線の40倍も消費電力を使い、三大都市圏を超高速で結ぶという発想自体、今の時代に逆行するものだ。

 

 著者はコロナ禍で考えたこととして、これからの時代は、経済成長を至上とする集中・大規模・効率・高速の論理から脱却し、分散・小規模・ゆとりを大事にする社会に転換するのが望ましいとのべている。東京一極集中や大都市圏の過密と地方の過疎を抜本的に解消し、地方が平時から、多様な職業の老若男女が暮らし、食の地産地消やエネルギー自給を基本とし、一定の域内経済循環が実現される社会になっていくようにする。

 

 山が荒れれば下流域の土砂災害の恐れが増し、沿岸の漁業資源にも悪影響を与える。だから農林水産業の復興を第一にするし、そのために国際競争・自由貿易至上主義から脱却する必要がある。そうした地方が活性化する国こそ、広域大震災に強靱な社会である、と。このような提起は共感を呼ぶのではないか。

 

 (集英社新書、238ページ、定価840円+税

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