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『ザ・トゥルー・コスト ーファストファッション 真の代償ー』 アンドリュー・モーガン監督 

 衣服をつくる世界のアパレル業界をめぐる、少数者の貪欲と何億という人々の貧困を描いたドキュメンタリーである。都市部の若者をターゲットに2000年代に台頭したファストファッションの問題点を描いている。

 

 それまで先進国のファッションブランドは、春夏秋冬にショーを開き、「今シーズンの流行はこの色」といったシステムを構築してきた。これに対してファストファッションは製造を低賃金の途上国に外注し、デザインから小売までの時間を短縮して年間52回、つまり毎週新商品を矢継ぎ早に売り出すシステムをつくり、価格破壊を実行。ZARA、H&M、ユニクロなどがそうやって急成長した。2000年から15年間で世界のアパレル産業の生産高は倍増。世界三大市場は大きい順にEU、アメリカ、日本で、生産国は大きい順に中国、バングラデシュ、インドだ。

 

 先進国のファストファッション企業は、途上国の現地企業に際限なく価格引き下げを要求する。現地企業はコストを下げるため、賃金の切り下げや安全対策無視をやる。その矛盾が爆発したのが2013年4月の、バングラデシュのダッカにあるラナ・プラザ崩落事故だった。カメラは1000人以上の女子被服労働者が死んだ事故現場と、そこに詰めかけた家族の怒りや悲しみを映し出している。ビルは耐震性無視の違法建築で、その日も労働者たちが建物の亀裂を訴えていたのに、経営陣が彼女らを中に戻した後に崩落事故が起こった。この年、三つの被服工場で火災などによる死亡事故が起こったが、皮肉にもファストファッション企業の利益は最高額になった。

 

 バングラデシュでは400万人の被服労働者(うち85%が女性)が5000の工場に押し込められて働き、製品を先進国に輸出している。最低賃金は1日3㌦以下という、世界最低レベルだ。

 

 H&Mはバングラデシュとカンボジアの最大の服飾生産者である。そのカンボジア・プノンペンでは2014年1月、被服労働者たちが最低賃金の引き上げ(月160㌦を要求)を求めて街頭デモをおこなったところ、警察や軍隊が出動。実弾射撃で5人が死亡、多数の負傷者を出した。

 

 カンボジア政府はファストファッション企業から「他の低コスト国に移転する」という脅しを受けて、企業を引き留めるため賃金を低く抑え、労働法違反の取り締まりをおこなわない。一方、企業側は労働者を正式に雇用せず、工場も所有していないので、一切の責任から逃れることができる。「私たちは生活できるだけの賃金を求めただけだ」と涙ながらに訴える女子労働者の要求は切実だ。

 

綿花は遺伝子組換えに 生産者も搾取

 

 衣服の大半は綿花からつくられる繊維でできている。ファストファッションは、この綿花の生産現場も変えた。

 

 カメラが映し出すのは、アメリカのテキサス州の綿花畑。360万エーカーもある世界最大の綿花生産地だ。この10年で綿花は80%が遺伝子組み換えのものにかわり、除草剤ラウンドアップを平野全体に空中散布するようになった。するとこの地域の45~65歳の男性にがんが急増したのだ。夫が50歳で脳腫瘍のために亡くなった女性は、化学物質による土壌や人体への影響が大きいと考え、オーガニック・コットンの会社を仲間とともに設立したと話す。

 

 次に登場するのはインドのデリー。モンサント・インドの元常務取締役だったインド人は、「種子を独占し、インドの農家が毎回うちから買うようにする」という計画を打ち明けられて仰天したという。その後、種子は170倍値上がりし、化学肥料や殺虫剤もセットで押しつけられて借金はかさむ一方。化学物質は生態系を麻痺させるので、使えば使うほどもっと必要になるという。

 

 綿花生産地のパンジャーブ地方では、この殺虫剤の使用料がインドで一番多い。医者が患者やその家族の前でカメラに訴えている。「どの村でもがん患者が何百人もいる。またどの村でも70~80人の子どもが精神・身体障害を持っている。化学物質の影響なのは明らかだ」。

 

 欧米企業は借金が支払えない農民の土地を差し押さえる。すると農民は殺虫剤を飲んで自殺する。過去16年でインドでは、なんと25万人もの農民が自殺している。

 

 この時期、メディアは「物質的に豊かであることが幸福」だと煽り、ファストファッション企業は「衣服は消耗品」だといって使い捨てを奨励した。こうして1年間に1000億枚以上の衣類が市場に出され、その60%が消費者によって処分され、焼却されたり埋め立て地に送られている。アメリカだけで布の廃棄物は年間1100万㌧にのぼり、その多くは生物分解せずに埋め立て地で200年以上にわたって有毒ガスを放出する。その山のような衣類のゴミの映像には、ぞっとするものがある。

 

 この映画がつくられたのが2015年で、その頃から以上の問題点を指摘する市民運動が活発になって、ファストファッションの売上はこの年を境に減少に転じている。昨年のアメリカのBLM(黒人の命も大切だ)運動はこのファストファッションにも波及し、「白人たちが企業やブランドのトップに座る巨大なファッション・マシーンを最底辺で支えているのは、無数の有色の女性労働者たちだ」と価値観の転換を呼びかける訴えが広がったという。

 

 この映画は、「私たちの衣服はどこから来るのか」と問いかけ、資本主義の大量生産・大量消費・大量廃棄の見直しを訴えている。このシステムを最底辺で支える女性労働者たちの率直な訴えが、見る者に強い印象を残す。ユナイテッド・ピープルからDVDが発売されている。  

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