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『離島の本屋ふたたび』 著・朴順梨

 日本には、北海道や本州、四国、九州といった日頃は「島」と意識していない島を含め、6852の島があり、そのうち人が住んでいる島は308あるという。フリーライターの著者は、15年前からその離島にある本屋を訪ね歩き、取材した内容を短いルポとして発表してきた。本書は、そのルポを収録したものの第二段である。

 

 人口5000人以上の島にはたいてい本屋があり、なかには創業して100年をこえる本屋もある。しかし、島の人口減少、少子高齢化で閉店に追い込まれる本屋も少なくない。長崎県五島列島北端にある宇久島では、今から150年以上前の嘉永元年に創業された戸田屋書店が、残念ながら2017年に店を閉めた。一方で鹿児島県喜界島では、全12校あった小・中学校が統廃合で3校に減り、図書の注文が激減して銀座書店がいったんは閉店したが、それを聞いた奄美大島の印刷会社の社長が「本屋がないと島の人が困る」と経営をひき継ぎ、本屋の灯りを再びともした例もある。

 

 本書に出てくる離島の本屋は、どれも本屋であって本屋でない。本とともに文房具や駄菓子を売っているところ、食品や雑貨、衣類、酒類を並べる「ホンビニ」になっているところ、パン屋が本屋をやっているところもあり、本屋が地域の歴史の本を収集・出版して歴史研究家や小説家にとって不可欠な場所になっていたり、客が無料のリトルプレスをつくってきたのを置いていたり、店主が同時にトレッキング(山歩き)ガイドだったりと、その島の人々の生活と一体化した存在となっている。

 

 鹿児島県屋久島にある「書泉フローラ」。店主は70歳で、屋久島生まれだが、若い頃東京の荒川にある新刊書店と神田神保町の古書店でそれぞれ1年修行し、帰省して書店を創業した。屋久島本は旅行ガイドから児童文学、屋久島出身の詩人の本まで置いており、「面白いと思う本は大手出版社のものとは限らない」と地方出版社から常にいい本をとり寄せる。地元の小学校の図書館にも本を届けに行くが、地元の子どもたちにも旅行で訪れる人にも「まだ見ぬ本との出会い」の機会をつくろうと余念がない。学校の司書の教師から、熱心に本を読む子どもが増えていると聞くとうれしくなる。店主は本を売るかたわら、果物や野菜栽培、養蜂までを手掛けており、店頭にはその品々も並んでいる。

 

 沖縄県の石垣島にある「タウンパルやまだ」。雑誌やマンガにかわって島民の注目を集めているのが、沖縄や地元八重山地方をテーマにした本だ。なかでも『八重山を学ぶ--八重山の自然・歴史・文化』は1000冊以上が島の人の手に渡った。もともとこの本は、教師や地元史研究家が執筆し、中学校の副読本としてつくられた本だ。ところがその中に南京事件や慰安所についての記述があることを理由に、石垣市教育委員会は2017年から発刊と配布をとりやめた。しかし、「それならばたくさんの人に読んでもらいたい」と書店売りの本としてよみがえり、島のベストセラーになったのだという。

 

 沖縄県宜野湾市にある「榕樹書林」。『沖縄戦後初期占領資料』から『芭蕉布物語』(柳宗悦)の新版まで、琉球弧文献などを広く刊行している。店主は東アジア地域の書物交流を促進する「東アジア出版人会議」のメンバーで、目指すは沖縄と東アジア諸国による「読書共同体」だというから、その志は雄大だ。

 

 同じく沖縄県の西原町に2006年にオープンしたブックカフェ「ブッキッシュ」。沖縄関連本を中心に新刊と古書が並んでいる。著者が訪ねた日には、沖縄の出版社ボーダーインクから出版されたレシピ本『おうちでうちなーごはん』(はやかわゆきこ著)の原画展示会をおこなっていた。この本屋では、著者を招いてのイベントはもちろん、映画上映会などもおこない、地域文化のセンターになっている。

 

 そのほか、東京都伊豆大島の「成瀬書店」のエピソードも興味深い。取材のなかで「本が売れない」という話は聞かなかったことがないという著者は、成瀬書店の夫人から、「本なんて買って、何になるの?」とある母親に面と向かっていわれたという話を聞く。それでも、欲しい本を店の扉をドンドンたたいて買いに来る子どもがいた。「店を閉める」といったら、「困る!」「やめないで」という声が殺到した。店を閉める日、文庫がずらりと並んでいた棚は、70年続いた書店を惜しむ島の人たちがたくさん買っていって、ガラガラになったという。

 

 もう一つは、新潟県佐渡島の「加藤新二書店」。金山で有名な相川地区にあるこの書店の、80歳をこえる女性店主はこういった。「もうやめるの? ってよくいわれるけれど、本屋をなくしたくないし、誇りがあるの。佐渡鉱山の世界遺産をめざしていて、かつては首府があった相川に本屋がなきゃ恥ずかしいでしょ? 元気なうちは続けたいと思います」。

 

 そこにコミュニティがあれば、その数だけ文化への欲求があり、文化の担い手がいる。それは長い年月をかけて形づくられて地域を支え、また時代とともにその形は変化するけれども、けっしてなくなることはない。そんなことを考えさせられた。

 

 (ころから発行、B6判・128ページ、定価1600円+税

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