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『絶望の林業』 著・田中淳夫

 森林ジャーナリストの著者は、千葉県東部が台風15号によって長期の停電に陥った一因が、幹の途中で折れた倒木が電線や電柱に倒れかかって復旧を長引かせたことにあるとのべている(本紙既報)。この地方には山武杉という品種が多く植林されていたが、戦後になって芯を腐らせる「スギ非赤枯性溝腐れ病」が蔓延し、木材として価値を失ったまま放置されてきた。その多くが今回の台風で折れたわけだ。


 「この病気はこの地方の話だが、そこから日本の山林全般が抱える問題も垣間見える」と著者がいっているので、最近著した本書を読んでみた。本書は30年近く現場を歩いてきた著者が、メディアの流す「勘違い」に事実を対置して、さまざまな要因がからみあった日本の森林と林業の危機的な現状を描き上げたものだ。そこから以下のことがわかる。


 日本の森林は国土の三分の二、約2500万㌶を占めるが、そのうち人工林は1000万㌶をこえる。戦時中に軍事物資として木材を大増産し、山林が荒廃するなか、敗戦後になって国策としてスギやヒノキを植林したからだ。この時期、国の指導で1㌶に3000本を一律に造林したという。


 一方、戦後復興や高度成長に必要な木材を、政府はアメリカやソ連、東南アジアからの外材輸入に頼った。そして植林から20年たって間伐の時期を迎えたが、間伐はあまり実施されなかった。だが間伐で木を減らさないと林内は真っ暗になり、林床に草が生えなくなり、雨で土壌が流されやすくなる。


 加えて90年代からは、ハウスメーカーがフローリングによる洋間中心の家を売り込み、アメリカ・カナダなどからの外材による集成材(板を貼り合わせて角材にしたもの)の柱や梁を多用するようになった。国産材は外材より安いのに売れなくなった。山林所有者が受けとる立木価格は、90年代には製品価格の4割以上だったのが、最近では一割まで減り、植林や育林費用、伐採後の再造林費用を考えると確実に赤字になった。木材価格の低迷で経営が行き詰まり、所有者が手入れを放棄した山林が増えた。


 こうしたなかで昨今、宮崎県などで盗伐が起こっている。所有者が知らない間に、伐採届けが偽造され森林が皆伐されて禿げ山になる例が急増している。一部伐採業者がもうけのためにやっていることだが、警察も行政も放置しているという。

 

企業の利益のため皆伐を推進

 

 そして今一番問題なのが、安倍政府が「林業の成長産業化」を掲げ、戦後植林した人工林が伐採期を迎えているとして、外資を含む民間企業のもうけのために「主伐(育った木を一本残らず伐採する皆伐)」を推進していることだ。


 まず昨年、政府は初めて主伐に補助金を出すことを決めた。これまで林業の補助金は公的な目的、つまり治山事業や、森林の育成による水源涵養機能や山崩れ防止機能を高めることのみに出していた。それを主伐、すなわち利益を上げるために禿げ山にする行為を対象とするのだから、戦後の林業政策の大転換である。


 もう一つが森林経営管理法の制定で、「意欲の乏しい」所有者の森林を民間事業者に委託できるようにした。また、所有者の同意がなくても(仮に反対でも)市町村が伐採命令を出せるようにした。そして林野庁は、スギやヒノキの40~50年生の山は伐採しなければならないといい出した。


 これに対して著者は、40~60年生のスギは人間でいえば10代後半から20代前半であり、先の公的な機能がそれ以後に伸びていくことは研究者によって検証されている、木材価格低迷のなかであえて伐採を増やすのはバイオマス発電などの別目的があるからだと指摘している。

 

色めきたつバイオマス市場

 今、海外のバイオマス燃料ベンチャーは、日本のバイオマス発電市場が「シャングリラ(理想郷)」「底なしの需要がある」といって色めき立っているという。というのも、政府が2030年までにバイオマス発電を400万㌔㍗にすると宣言したからだ。現在、発電所計画として最大級なのが下関市と愛知県田原市の7万5000㌔㍗級だ。


 しかもそこで使う木質チップやペレットの量が半端ではなく、5000㌔㍗級発電所で年間約6万㌧=約19万立方㍍の木材が必要だが、これは愛知県の年間木材生産量に匹敵する。下関で計画されているような7万㌔㍗級だと、年間約80万㌧以上となり、その10倍以上が必要だ。下関の場合、その95%を輸入(北米の木質ペレットや東南アジアのPKS)に頼る計画だが、いずれにしろ海外にも国内にも莫大な木材の需要が生まれる。


 そしてFIT(固定価格買取制度)によってバイオマス発電燃料価格が高く設定されており、著者によれば、もっとも高い未利用材による発電燃料価格を木材価格に換算すると、一立方㍍当り7000円以上が見込めるという(現在の流通価格は1000~2000円程度)。しかもそれだけの森林を伐採したうえ、伐採搬出と輸送、加工に莫大な化石燃料を使うので、CO2削減にもならない。


 本書を読むと、外資を含む大企業のために日本の森林を「宝の山」にする官邸主導の「林業の成長産業化」が、いかに森林の公的機能を奪い、それによって日本を災害に対して脆弱な国にしてしまうか、いかに子孫にとり返しのつかないツケを回すことになるかに気づかされる。そもそも林業は商品(木材)ができるまでに数十年もかかるので、市場原理はそぐわない。著者は最後に、絶望から希望へと転じる方向性――森林から利益を上げることと公的機能を守ることとの統一、森林を利用する事業への分散投資と多角経営などを提起しており、興味深い。


 (新泉社発行、B6判・301ページ、定価2200円+税)

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この記事へのコメント

  1. 京都のジロー says:

    絶望の林業
    私はイタリア在住歴40年です。
    ローマからフィレンツェへ車で移動すると禿山が多いのに驚きます。
    道路幹線沿いにかつて栄華を競い合った山上都市がポツポツ見えてきます。
    都市を作るために大量の煉瓦を焼く必要がありました。
    煉瓦を焼く薪を得るために山林の樹々を伐採しました。
    伐採後に植林をしなかったために数百年後に禿山が点在することになりました。
    イタリア各地で毎年の様に大きな水害が起こり犠牲者が出ています。
    トスカーナ周辺の禿山は葡萄畑に、南イタリアの禿山は風力発電に
    利用しています。

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