いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』 著・ブレイディみかこ

 著者の『子どもたちの階級闘争』の続編で、底辺中学校に入学することになった息子とその友だち、家族の波瀾万丈の日日を描いている。

 

 イギリスの小中学校は全国一斉学力テストの結果や生徒1人当りの予算などの公表が義務づけられ、それをもとにした全国学校ランキングを大手メディアが公開している。市の水泳大会はエスタブリッシュの子弟の通う学校と貧困層の通う学校とは別ルール。子どもが就学年齢に近づくと、ランキング上位校の近くに引っ越す家族も多く、そうした地区の価格は高騰し、富者と貧者の住み分けが進んで「ソーシャル・アパルトヘイト」が社会問題化しているという。

 

 一方、底辺校の親の貧困化は深刻で、夕食が食パン1枚だった子や、お金がなくてランチタイムに校庭の片隅に1人で座っている子がおり、教師たちがこっそり自腹を切ったり、いらなくなった制服を仕立て直して子どもたちに配るなど、学力向上以前の問題に奔走せざるをえない。

 

 こうした教育の現状はサッチャーの新自由主義改革の結果であり、ブレア労働党もその共犯者としておおいに手を貸した。そして貧困や格差といった階級矛盾が噴き出している。

 

 さて、日本人の著者とアイルランド人の配偶者との間に生まれた息子は、みずから進んで底辺中学校に進学した。そこは社会を鋭く反映して、いじめも移民排斥も喧嘩もあるし、眉毛のないコワモテのお兄ちゃんやケバい化粧でバーのママみたいなお姉ちゃんもいる。

 

 息子がそこで出会った友だちは、ハンガリー移民のダニエル。親の影響なのか、非白人に対する差別的な言動が絶えず、高層公営住宅に住む白人貧困層をバカにし、それでクラスメイトから嫌われている。もう1人の友だちティムはその高層公営住宅に住み、夏休みはずっとお腹がすいていた。4人兄弟の3番目で、シングルマザーの母親はゼロ時間雇用(必要なときだけ呼び出される)の契約社員として働いている。

 

 ある日、ティムのリュックの底が破れているのを見つけたダニエルが「貧乏人」と笑ったので、ティムが「ファッキン・ハンキー(中欧・東欧出身者への蔑称)」と言い返し、逆上したダニエルが飛びかかってとっくみあいの喧嘩になった。それを自分自身もイエローとバカにされる息子が、仲直りをさせようと奮闘する。

 

 印象深いのは、「大雪の日の課外授業」だ。2018年冬はイギリスに大雪が降って、交通機関がすべてストップした。そのとき、職も家も失って路上生活している人たちを、事務所や倉庫を開放して受け入れたのがあるホームレス支援団体で、それを指揮していたのが著者の元同僚であるイラン人女性だった。そこに著者と息子はボランティアとして参加するのだが、そこで息子はイラン人女性から、住民から税金を集めている国が困っている人を助けるという本来の義務を果たさなければいけないこと、しかしそれを緊縮政策がぶち壊していること、だからこうしてみんなで集まって行動していることを聞かされる。息子は一緒に汗を流しながら、自分と違う言葉や歴史を持つ人人を理解しようと努力することの大切さを学んだ。

 

 また、もう一つ印象的な場面。ある日、ティムが正義ぶった同級生数人から「貧乏人」といってボコボコにされていた。そこに仁王立ちになって立ちはだかったのが、同じ高層公営住宅に住む、眉毛のないプラチナ・ブロンドの中学生だった。数週間後、彼が中学校のクリスマス・コンサートに公営住宅のラッパーとして登場する。そして「父ちゃん、団地の前で倒れてる。母ちゃん、泥酔でがなってる」というダークすぎる歌詞の最後で、ゆっくり詩を朗読するように「だが違う。来年はきっと違う。姉ちゃん、母ちゃん、婆ちゃん、父ちゃん、俺、友よ。すべての友よ。来年は違う。別の年になる。万国の貧乏人よ、団結せよ」と歌った。会場はやんやの大喝采。とくに横や後ろに控えていた校長や生徒指導など教員たち全員が、「うちの生徒、やるでしょ」とでもいいたげな誇らしい顔をしてさかんに拍手を送っていたことを著者は見逃さない。

 

 イギリスであれ日本であれ、新自由主義のもとで子どもたちの教育環境は悪すぎるほど悪いし、それを改善する努力が不断におこなわれている。しかしもう一面では、そうした悪環境のもとでも、ひ弱でなく思いやりが深い、間違ったことを許さない正義心を持った子どもがたくさん育っており、親や教師たちが子どもたちと正面から向き合ってともに成長している。著者はそこにあらわれる子どもたちや大人たちの葛藤と積極的な力、その思想の営みに光を当てており、それが読む者の胸を打つ。

 

 (新潮社発行、B6判・253ページ、定価1350円+税

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