いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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原爆展キャラバン座談会  東京行動の特徴を語る 

「原爆と峠三吉の詩」原爆展全国キャラバン隊(劇団はぐるま座団員・長周新聞社後援)は、10月26日から11月9日にかけて東京都内で街頭原爆展を開催した。2004年2月に結成されて以後、北は北海道から南は沖縄まで全国津津浦浦で活動を展開し、これまで原爆の実態を知らされてこなかった地域にも大きな衝撃をあたえてきた。今回は、北朝鮮核実験問題や安倍内閣発足のさなか、世論が鋭くせめぎあうなかでの行動となった。隊員4人に集まってもらい、反応の特徴や経験、今後の決意を出し合ってもらった。

 米国が根源と怒り噴出 朝鮮核実験を巡る論議
  ちょうど北朝鮮の核実験問題が起きて、世論が動いている最中だった。配った長周新聞号外「戦争開始を図る安倍政府」への反響が大きかった。根源はアメリカだという意見が圧倒的で、パネルを見た問題意識が現代へとスッとつながっていった。戦後61年間、アメリカ美化で騙され続けたけれど、「これではダメだ」「アメリカから独立しないといけない」という意見が出されていた。東京といっても地方出身者から構成されているし、仕事を求めて移り住んだ人も多いわけだが、生活の貧困化は深刻な感じだった。年配者は小泉から安倍政府に代わっても年金はどんどん下げられるし、介護保険は抜かれるし、しかも1人暮らしだと都営住宅には入れてもらえない。福祉や社会保障の切り捨てと同時に、「戦争の苦労も何も知らない、安倍みたいなのが戦争に持っていく」と怒りが吹き出していた。
  号外の反応が予想外に大きく、初日からみんなの気持ちを代表しているんだと、確信になった。表面に出ていない声も、パネルや号外を見ることで激励されて公然化していった。「こういうことを話してもいいんだ」と親近感を寄せてくる人が多かった。また、在日の婦人が井の頭公園に見に来て「なぜ日本人は北朝鮮ばかりいってアメリカが問題だと真正面からいわないのか」といっていた。「それをいうために来たんだ」といって長周新聞の号外や宣伝紙を渡すと、次の日全部読んできて「これはおもしろい。図書館の新聞の綴りの1番上に置いてみんなの目に触れるようにすべきだ。ぜひ購読したい」となった。宣伝紙を持って「おもしろい論調が書いてある。自分は朝鮮問題にしても片手落ちだと思っていたけどこの論点は違う。是非読ませてほしい」という人や、「ホームページで情報を知りたい」という声もかなり出た。
  東京原爆展も毎年継続的にやっているし、「2回見た」「3回見た」といったリピーターも多かった。あの東京の雑踏で「広島で見た」「長崎で見た」という人もいた。全国でやってきた威力を感じた。最初の1週間ぐらいは北朝鮮問題がすごく論議になった。期間中には閣僚の核保有論なども飛び出して「安倍、麻生、中川などは早くやめさせろ」「日本の国民として核を持つなど絶対に口にしてはいけない」と、かなり激しい感情が出されていた。
  最後まで熱心に見ていくのも特徴だ。黒山の人だかりを、はじめて見た。あたりが薄暗くなって撤収をはじめても、最後の1枚まで人がたかって見ていくような熱心さだった。1人1人、話し始めたら長かった。思いのたけを語っていく。うっ積している感じ。パネルを見ている途中の人も、自分の思いを話したくなるようで、論議に“参戦”してくる。

 計画的虐殺に憤り 戦地や空襲のパネルが反響・激しく体験語る
  今回はじめて展示した戦地パネル、全国空襲パネルが目を引いていた。戦争体験者はパネルを見ると、「アメリカはこうだった」と、我が身の体験を語りかけてきた。築地川でやったとき、老婦人が「戦後は川崎市で公然と婦女子をアメリカに差し出していた。小学校の女先生までが引っ張られていた」と語ったり、「グラマンが逃げる子どもを遊び半分に撃ちまくってきた」「立教大学はアメリカの関係機関が入っているから狙われなかった」「川崎駅は全焼したが隣にあった東芝はGE(米・ゼネラルエレクトリック)資本が入っていたから爆撃されなかった」と具体的なことが出てくる。戦後支配を考えて緻密に都市空爆をやったことは全国共通だ。
  ある空襲体験者が、「東京空襲の翌日に天皇が視察して“よく焼けたねぇ”と人ごとのようにいっていた。天皇はその程度のものか、とあのときすごく腹が立った」といっていた。
  王子では、王子製紙などの化学工場があり、赤羽に81部隊という陸軍工兵隊があったり海軍の海洋少年団など、施設が集中していたからよけいに空襲されたという。天皇が避難する防空壕を掘る仕事をしていた老人は、「市民は道ばたに穴を掘るぐらいしかできなかった。天皇にはコンクリート作りの防空壕が作られていた。夜中の空襲警報でも、手を止めることは許されず、暗闇の中トロッコでコンクリートを運んでいた。そのトロッコに仲間がひかれ、翌朝は転がった死体を除けながら作業を続けた。街中に薫製のような死体や、折り重なって窒息した死体がざらだったが、天皇だけは守られて何の責任もとらず、戦後はアメリカに従って武力解除させられたことが悔しくて…悔しくて」と話していた。
  別の戦争体験者は「中国戦線ですでに敗北は決定的だった。勝てる戦争ではなかった」と経験を語っていた。「なぜミッドウェーで負けたときにやめなかったのか。せめて、1年早く終わっていたらこれだけの人が死ななくても良かった。東京大空襲もなかった。今になって東条だけが戦犯といわれても納得がいかない」と。終戦にいたる不可思議な過程への疑問がある。
  遺族は戦後「悪いことをした」と加害者論で抑えられてきたが、南方に送りこまれて沈められていった兵士の遺族は「負けるとわかっていたのに、なぜ殺されにいったのか。飢餓で死んでいったのか。悔しかったろう」という思いがあった。南方戦線のパネルの前で泣いている婦人がいたので聞いてみると「父がマニラで戦死しました。悔しかったと思います」と、涙を流していた。原爆から沖縄戦、都市空襲、戦地が1つにつながっているのが特徴だった。パネルにもその力があった。そこから戦後社会に貫かれた日米関係、日本の支配層と国民との関係、今の日本の政治に対する怒りがつながっていく。パネルの威力だと思う。
  1人1人の個別の体験がパネルにふれることで全面的になっていったという感じだ。「戦時中は敵を引きつけてたたかっているのだと教えられ、日本中がこれほどやられていたとは、いままで知らなかった」「13隻あった青函連絡船が2隻になるまで沈められたことを初めて知った」という老人もいた。
  戦争体験者にとっても1人1人自分の体験は知っているが、第2次大戦全般の状況は知らない。みんなの体験が概括されたパネルということもあって、第2次大戦の評価については共鳴が大きかった。
  「台湾でも日本軍ではなくアメリカが空襲していた」という戦地体験者もいた。日本軍のいるところは爆撃せずに、市街地ばかり空襲したと。
  戦後、新聞にそのような事実を投稿してもボツにされたり、アメリカによって歴史の抹殺がはかられた経緯がある。抑えられて表に出てきていない。日本軍は米軍と戦う武力すらなく、アメリカが焼き払っていった。
  アメリカが戦後支配の野望から皆殺ししていったこと、天皇はじめ独占資本はアメリカに従属することで生き延び、無謀な戦争に国民をかり出したことをみんなが共感していく。「日本が朝鮮やドイツのように分断されずにすんだのはアメリカのおかげと思ってきたが、ここまで来たら占領されっぱなしではないか」という意見が何人もから出されていた。戦争体験者の婦人が、「この展示を国会議事堂の前でやってほしい。号外も中で配ってほしい」と要望していたのが印象的だった。

 現代と重ねる都民 第2次大戦から始まる対米従属
  パネルを見る視点が、第2次大戦からはじまる対米従属問題そして現代と重なっていく。「今どきベネズエラだって、イラクだって、北朝鮮だってアメリカに対抗してるじゃないか。今の日本は右も左もアメリカかぶれになってしまった。国民性を奪われた」という意見や、去年まで日立製作所で働いていた労働者は、米国債を買わされ続けている属国状態を問題にしていた。「全部アメリカに吸い上げられて、国民はさんざんな思いをしている。アメリカに流れている裏金を取り返せば、日本はもっと良くなる。アメリカに日本は守られているというが、その逆で攻められて搾りとられている。根源はアメリカだ」と。独立の問題が大きな矛盾になっていると感じた。アメリカ美化は力を失っているし、何のまやかしもきかないと感じた。
  号外を少し離れた公園で丁寧に読んでいる人も多かった。パネルを見て「アメリカは最初から侵略が目的だったんだ」と語っていく。学生も真剣で、とにかく知りたいという様子だ。町田では朝から晩まで若い人が絶えなかった。人の頭越しからでも連なってパネルを見て、若い人同士で論議になったり、家族で話しこむ姿もあった。
  40~50代でも、「アメリカのおかげ」という感覚はない。仕事でアメリカと直接関係している人たちは、とくに反米感情をもっていた。わざわざ戻ってきて署名していったり、英語を教えていてアメリカ人と接触があるというおばさんが、「一言いいたい」といって座り込んで、いかにアメリカのやっていることが大国のエゴで、道理にあわないかまくし立てていった。「署名くらいで気持ちはおさまらない」という50代の男性は、「ドイツの友人から、“同じ敗戦国でもドイツはイラク戦争に反対した。なぜ日本は自衛隊を出したのか”といわれ反論できなかった。悔しくてしょうがない」と思いをぶつけていた。
  町田で出会った40代の建設業界の男性は、「アメリカ型を取り入れたら日本もロシアも破綻してしまった。資本主義の行き詰まりだ」といっていた。中間的なものが存在する基盤がなくなっていると思う。

 安倍政府にも憤激 下関での実態に驚き・「米国の傀儡」と
  後半になると安倍政府についての論議も熱を帯びていた。下関では安倍の実兄企業に巨大な箱物利権を取らせたという号外も、下関から送られてきたものを配った。説得力を持っていた。僕たちが「山口県から来た」というと、必ず安倍の話になって「今までの内閣で1番右だ」「地元でそんなことやっているのか?」といわれるし、世論が動いているのがはっきり見てとれた。東京は、わたしたち以上に情勢の動きに敏感だと感じた。
  街頭で連日やっていて、安倍戦争政治への怒りは日ごとに増していった感じがある。みんないうのがアメリカかいらい政権じゃないか、ということだったし、独立の課題だ。必ずそこに話が行き着く。
  独立の話になると「安保」のことが必ず出てくる。「安保」といっていかにもアメリカは日本を守るという感じだが、イエロー・モンキーと見下している連中がなぜ日本を守るか、アメリカでの人種差別はひどいとみんな知っている。米軍再編問題や岩国について聞いてくる人もいた。安保斗争をやったころのような国民的団結を作らないとダメだという話になる。
  パンフ普及、号外を使った論議をしようと張り切って東京大学の研究室を回った。こちらは浮世離れした空間に感じた。農学部や教育学部では、比較的庶民の生活実感に近い論議にもなった。しかし個人的な思いはあっても、それをいうと首が飛ぶから発言できないと1人の教授が教えてくれた。良心的な発言が抑えられている、といった印象。東大経済学研究所、経済学部、文学部はホテルのような建物だった。人人の生活など関係なく、アメリカ崇拝を平然とぶつ人もいて異様だった。教育学部では、教育改革との矛盾もあってオープンに話してくれた。ある教授は長周紙面を見せると、友人が訳したというイラク・ファルージャの戦斗にかかわる本を資料としてくれた。
  木材科学学部では、「北朝鮮の核は怖いが、アメリカがそれを攻める資格はないし納得いかない」といって全国空襲パネルを買い、論議する教授がいた。しかし全体として特権的な雰囲気で、言葉が通じないというか、ホリエモンがヌッと出てくる感じがあって奇異だった。あと、パトカーが構内を走って警戒していた。「関係者以外立ち入り禁止」の札がどの入り口にも張ってあり、外部との接触を断っている。東大というのは都内の空気とはひじょうに違った異次元の世界のような印象だった。

 政治勢力大結集へ 文句言う諸勢力も皆無
  敵側の抑圧も崩壊した感じだ。以前は文句をいったりする諸勢力がいたが、その気配すらなかった。どこでもフリーパスで原爆展は展開できた。こちらの運動が圧倒的に共有される状況になっている。
  どこでも歓迎された。毎回見に来ている人もいて、池袋ではパトロールの民間警備員や掃除のおじちゃんたちが「また来たのか」と喜んで、周りの人に見るようにすすめてくれた。全国でやっていることも評判になっていた。
 編集部 世論は爆発点に接近している感じだ。経済生活にせよ、戦争問題にせよ、実感がかなり切実になっている。現在までたどり着いた日本社会の出発点が第2次大戦にあるとなっている。第2次大戦の評価をめぐっては「いろいろとだまされてきていたが、これが真実だ」となる。アメリカ美化でマインドコントロールされてきたが、これが本当だったんだという実感だ。
  それと、みんな行動を求めていた。「安保斗争のような国民的斗争があっておかしくない」という意見があったが、協力したいと多額のカンパを寄せていく方も多多いた。「日本にはもう革新もいなければ野党もおらず、みんな馴れ合いだ」と既存の政党・諸勢力の権威がない。「あんたらのような運動はもっと表に出てほしい」といわれた。上に頼れる勢力がいないから、国民的運動を下からつくっていかないといけないんだと。
  「こういう草の根の運動が本当に力を持っていくんだ。下からが1番大切で、この運動には未来を感じる、さまざまな運動が起きても必ず政党に利用されていく、だからあなたたちは絶対に利用されないでがんばって」といわれた。なにか応援したいという声が強かった。
 編集部 政治勢力として、大結集していくことが望まれている。いまの情勢、世論のすごさが証明されたのではないか。戦後の認識がガラッと転換してきている。アメリカ支配の欺瞞が、現実生活のうえで崩壊しているわけだ。そこにパネルをもっていったら発動された。以前は加害者論などが出てきていたが、それもない。
 大政治斗争が起こる基盤というのはすごく強まっている。東京原爆展の経験を見ても、60年安保時期と似た状況を感じる。安倍内閣の基盤はすごく脆弱だ。親亀ブッシュがこけて、子亀がオロオロしている。情勢の発展に対応して、強力な独立・平和の運動にどうするかだ。世論は高揚しているし、まだまだ大胆にやることが期待されている。現実に戦争情勢が苛烈になっていく時代に、大衆のたたかう力が見えないものは多いが、そうではない。この運動は、日本中の様相を変えていく出発点になる。極めて意義は大きい。

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