いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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軍学共同に反対して 軍学共同反対連絡会共同代表・池内了

池内了・軍学共同反対連絡会共同代表

 防衛装備庁が創設した「安全保障技術研究推進制度」は、大学・公的研究機関(独立行政法人が設立する研究機関)・企業の研究者に向けて、軍事装備品開発の基礎研究の課題を募集し、採択課題に対して研究資金を提供するという委託研究(競争的資金)制度である。私たちはこれを「軍学共同」と呼び、大っぴらに軍事研究の推進に防衛省が乗り出したと考え、反対運動を展開してきた。


 この制度は、2015年度に予算が3億円で事業が開始され、16年度は6億円に増加し、17年度ではなんと110億円にも大幅増額され、これまでの2年間とは質的な変化を示しており、軍学共同が新しい局面に入ったことを物語っている。


 まず、17年度の募集要項において「研究成果の公表を制限することはない」とか「特定秘密を始めとする秘密に指定することはない」と書いて、研究の公開性(秘密研究にはならないこと)を保証すると約束していることである。応募を考える研究者にとって一番気にするのはせっかくの研究成果が発表できなくなることだから、それについては心配ないと保証しているのである。


 実は、米軍が提供する研究資金において公開性を保証しており、防衛装備庁は米軍から学んだと思われるのだが、入り口を大きく広げて多くの研究者が応募するよう仕向けていると考えられるのだ。最初の段階では広く網を打ち、研究動向を把握し、研究者の人脈を探るのが目的であり、さらにそこに軍側の興味を惹く目新しい研究テーマがあれば、防衛装備庁の研究者が引き取って装備化するとか、次のステップとして大きな予算を用意して秘密研究に誘い込むという段取りになっていることを見ればわかる。


 従って、応募段階ではすぐに軍事装備品として開発されるのではないけれど、将来的には装備化につながる可能性があり、基礎研究と称してはいても軍事研究の一環と言うことができる。軍事開発となれば秘密研究が当然であることは自明だから、一歩でも踏み込めば秘密性の壁に取り囲まれてしまうことを覚悟しなければならない。公募におけるリップサービスを安易に信じるのは危険なのである。


 17年度から新たに開始されたのが、従来の一年度で3000万円(又は1000万円)を上限として3年間継続可能な項目の外に、新たにS型と呼ぶ5年度間継続可能で研究費総額が20億円という大規模研究の項目が設けられたことである。いかなる技術開発にも、基礎研究と実用研究の間には大きなギャップが存在する。基礎研究はアイデアの提案だが、実際にそれが機能する技術となることは非常に少なく、これは「死の谷」と呼ばれている。この死の谷を飛び越えるためには数多くの試作や模擬実験を行わねばならず、そのための研究資金まで保証しようというのがS型の大口研究だと考えられる。


 このような大型研究の募集には企業や公的研究機関では組織替えなどでの対応が可能であり、実際の採択課題も企業が4件、公的研究機関が2件で、組織替えが簡単にはできない大学からの採択はなかった。そして企業では、IHI(石川島播磨重工業)と三菱重工業という軍需産業2社の提案が採択されており、この制度が軍事装備品の直接的開発研究に乗り出そうとしていることがわかる(他の2社は富士通と四国総研)。


 大型研究のみならず、17年度の募集で様変わりしたのは企業からの応募で55件もあり、16年度には10件であったことを見れば様変わりした。つまり、武器生産・武器輸出に軸足を移そうとしている企業の軍事開発の動きが明白に見えてきたと言うべきだろう。これに対し、大学からの応募は22件で16年の23件とほぼ同じで、一応歯止めがかかったのではないかと考えている。


 このような大学の動向に大きく影響したのは、17年3月24日に日本学術会議が発出した「軍事的安全保障研究に関する声明」であった。この声明では、軍事的安全保障研究=軍事研究であるかどうかについて、研究資金がどこから出ているか、研究目的が何であるか、公開性は満たされているか、について各大学は厳密に審査・判断すべきであることを述べている。学問の自由を最も危機に陥れるのは国家の学問研究への介入であり、その危険性があるものは排除すべきと戒めているのである。この日本学術会議の声明は、学問の担い手である大学の研究者に対する倫理規範を明らかにしたものであり、今後大学の態度を律する役割を果たすと期待される。


 しかし、大学における研究費不足はいっそう深刻化しており、「背に腹は代えられない」とか「貧すれば鈍する」で、研究を続けていくためには、悪いとは知りつつも軍からの資金に手を出そうという大学や研究者が出てくる可能性がある。私たちはそのような動きに対して、批判や抗議を続けていくとともに、政府・文部科学省に対して大学予算の大幅増額を要求してゆかねばならない。


 「軍学共同反対」は、学術世界における平和主義を貫徹する戦いであるだけでなく、憲法改悪を阻止する闘いの一環でもある。多くの人々と力を合わせ、広く世界に冠たる平和主義日本の誇りを取り返すために運動を推進していく所存である。

 

 

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 いけうち・さとる 名古屋大学名誉教授。総合研究大学院大学名誉教授。安全保障関連法に反対する学者の会呼びかけ人の一人。1972年京都大学大学院博士課程修了。宇宙物理学者。専門は宇宙論・銀河物理学、科学・技術・社会論。著書に『科学の考え方・学び方』(岩波ジュニア新書)、『親子で読もう宇宙の歴史』(岩波書店)、『科学者と軍事研究』(岩波新書)など多数。

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