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【熱海市伊豆山・土石流災害】違法造成を放置し合法化した静岡県の責任を問う 原因究明プロジェクトチーム・清水浩氏の報告

土石流で埋まった熱海市伊豆山の住宅地(2021年7月4日)

 28人の死者を出し、住宅150戸が倒壊するという甚大な被害をもたらした静岡県熱海市伊豆山の土石流災害から1年半が経過した。熱海土石流原因究明プロジェクトチーム(仮称)の清水浩氏はこの間、静岡県と熱海市の公開資料を精査し、現地周辺の調査をくり返して、土石流災害の原因究明をおこなってきた。そのなかで土石流の発災地点となった土地の旧所有者である不動産会社・新幹線ビルディング(以下S社。神奈川県小田原市)、現所有者であるZENホールディングス(以下Z社。東京)の過失責任とともに、県民の生命・財産を守る立場にある静岡県や熱海市が土地所有者の違法造成を放置するばかりか、それを合法化してお墨付きを与えていたことが浮き彫りになってきた。清水氏は原因究明結果をまとめて県と市に提出し、再検証を強く求めている。以下、清水氏が提出している内容を紹介する。

 

◇        ◇

 

 2021年7月3日の土石流災害後、犠牲者の遺族や被災者らは「熱海市盛り土流出事故被害者の会」(瀬下雄史会長)を結成し、今回の災害は盛り土が原因の人災だとして、土地の現・旧所有者に約58億円の損害賠償を求める訴訟を起こした。その後、刑事裁判も起こしている。

 

 さらに昨年9月、遺族や被災者113人が静岡県と熱海市を相手どり、約64億円の損害賠償を求める訴訟を起こした。県に対しては「森林法を適用せず監督命令を出さなかった」過失を、熱海市には「盛り土の危険性を認識しながら、安全対策を強制する“措置命令”を出さなかった」過失を問題にし、二度と同様の被害を出さないため原因究明と責任追及をおこなうとしている。

 

 だが、現・旧土地所有者は責任を互いになすりつけあい、県も市もみずからの責任を認めていない。

 

 2021(令和3)年10月18日、静岡県と熱海市は数千ページの公文書を公開したが、ある一定期間の資料が欠落していたり、当時の状況がわかる写真、図面・計算書等の多くが不足していた。県も市も多くの資料をいまだ非公開にしており、熱海市は情報開示請求をおこなっても土地所有者・事業者の利益を考慮して情報を公開しないと回答している。被害者よりもむしろ加害者側に配慮していると見られても仕方ない対処だと指摘されている。

 

■静岡県の地下水説

 

 まず清水氏は、静岡県の原因究明結果が、「長雨による地下水によって崩落が発生した」と、地下水説に偏った主張をしていることに疑問を投げかけている。

 

 県は「鳴沢川流域が宅地造成で埋め立てられ、地下水位が上がり、逢初川方向に地下水が流入しやすくなった。大量の地下水の影響で崩落に至った」と結論づけている【地図②参照】。

 

 県の説明では、かつて岩戸山東側斜面から流出した土石流によって埋積した地層「乱雑堆積物」が地表より20㍍下の地中にあり、そこを地下水が浸透したとしている。【地図②】の埋め立てられた鳴沢川から発災地点までの距離は約100㍍だが、県が示す流速だと、地下水は雨が降ってからこの距離を移動して発災地点に到達するまでに数カ月はかかることになる。そもそも軟岩の中の水の流れはきわめて遅い。したがって原因を地下水と見ることには無理がある。

 

 また、発災地点のすぐそばには宅地造成にともなう排水施設が整備されているが、県は水の来ない箇所を観測地点にし、地下水の影響が出やすい状況をつくり出していたことも判明している。

 

 これに対して清水氏は、同時期にすぐそばで進められていた大規模な宅地造成と一体のものとして検証することを提起している。

 

■土石流災害の原因は

 

 清水氏が土石流の発災現場を調べたところ、以下のことがわかった。

 

 熱海市伊豆山の土石流災害は、海抜400㍍地点の発災地点で地滑りが発生し、急峻な谷地形から土石流となり、伊豆山地区の住宅街を襲った。その速度は時速40㌔に達している。前日より土砂の崩壊が始まっていて、谷底にたまった土砂と大量の水が速度を増したと考えられる。加えて破断した水道施設から900㌧の水が流れ出ていることもわかっているが、この破断の時間がもっとも大きな被害をもたらした第三波の直前で、激甚化の要因の一つになった可能性が否定できない。

 

 市街地のもっとも上流部に住む住民から、「前日夜8時くらいに強烈な異臭がした。飼い犬が室内で粗相(そそう)したのではないかと、家の中を捜索していた」という声が寄せられている。発災地点のどこかに違法に投棄された異臭を放つ産業廃棄物が、前日に崩落が始まったことで流れ下った可能性がある。

 

問題は初期の盛り土

 

 問題は、発災地点上部にあった初期の盛り土にある。

 

 通常の工事では、盛り土をおこなう前に表土をすきとり、樹木は伐採し除根をおこない、有機物の残置を避ける。有機物は地中で腐食することで滑り面となったり、平地でも不等沈下の原因となるため、それを事前に除去するのが一般的なルールとなっているわけだ。また、傾斜地に盛り土をおこなう場合は、段切りといって地山を階段状に切り土し、その上に層状に転圧しながら盛り土をおこなうことで安定した盛り土法面が形成される【写真①】。

 

【写真①】通常の盛り土でおこなわれる傾斜の段切り

【写真②】熱海における初期の盛り土の状態

 ところが、S社による熱海の初期の盛り土はこのような状態でおこなわれていた【写真②】。伐採、除根、段切りなどの処理がおこなわれず、法面処理や法面排水、地中の排水処理などもなされていない。たんに山を切り崩し、谷を埋めている状態だ。産廃の不法投棄もあった。このルーズな盛り土に大量の雨が降り、雨水が即座に浸透するとともに、隣の宅地造成区域からあふれだした大量の水が流れ込み(後述)、盛り土崩壊に直結したと考えられる。

 

 そして、この初期の盛り土というのが、これもS社による宅地造成C工区工事中の違法な地区外造成(森林法違反)によってできたものだ。それは公開された公文書から明らかだ。つまりS社はC工区と同時期に、発災地点を一体のものとして工事していたわけだ。しかし県は、この違法な地区外盛り土を2006年11月に確認しながら、土砂撤去は指導していない。簡易排水の設置と緑化の指導をおこなったうえで完了検査をおこなっている。

 

 静岡県の検証では、この初期の盛り土は「既知の条件」として検証から除外されている。盛り土崩壊のメカニズムを考えたとき、この初期の盛り土が重要な意味を持つことになり、議論の対象からはずすことはできないが、その情報が発信されてこなかった。

 

宅地造成地の雨水排水

 

 次に、土石流の発災に、隣接する宅地造成A~E工区の雨水排水がどのようにかかわったのかを見ていく。

 

 この宅地造成は、上流に約33㌶の流域を背負っており、開発行為の技術基準上、宅地造成区域に流入するすべての雨水排水を適切に下流の鳴沢川に流下させなければならない。そして、山からの水はすべて道路に沿って流下する形状となっている。

 

 当日の雨を再現してみると、道路の両端にある雨水排水用の側溝はまったく機能しておらず、雨は道路を流れ下ったことがわかった。しかも水深は道路の中心部で8・4㌢程度で、流れ下った雨水はそのまま地区外に流出し、発災地点上部に到達したと見られる。盛り土崩落地点のもっとも高い箇所へ作用した水の流れは、この幹線排水路からの溢水、もしくは地中に浸透した雨水排水の影響を大きく受けたと考えるのが合理的だ。結論として、宅地造成区域に流入した雨水排水の大半が、本来の鳴沢川へ流下することはなく、発災現場の逢初川へと流下していると考えられる。

 

 また、この排水施設を検証してみると、開発許可基準をまったく満たしていないことがわかった。計画降水量約8・6立方㍍/秒に対し、流下能力が約2・8立方㍍/秒しかなく、3分の1程度の能力しかなかった。しかも通常、宅地造成では、道路、公園、消防水利、排水施設などは完了と同時に公共施設管理者(ここでは熱海市)へ移管されるが、工事は全体としては完了しておらず、移管もおこなわれていない。したがって排水施設の維持・管理もされていない。この排水施設周辺で水が噴き出していた状況証拠もある。

 

 しかし、静岡県の報告書では、発災地点の目の前にあるこの排水施設について一切触れていない。

 

■問題山積の行政手続き

 

 また、宅地造成、発災地点、太陽光発電施設のそれぞれの行政手続きをめぐっては、県や市の対応は問題だらけであることが判明した。違法行為をほぼすべて見逃していたといっても過言ではない。

 

宅地造成

 

 まず宅地造成について見ると、2006年4月開発許可(C工区)。このときすでに発災地点となった逢初川の違法な地区外工事は始まっていた。

 

 さらにS社は同年10月、宅地造成にD・E工区(合計5㌶)を追加しようとし、変更届けを出した。追加した工区には森林法の対象になる区域が含まれていたが、熱海市はそれを見逃した。森林法では1㌶以上の土地の改変をおこなう場合、県の林地開発許可が必要となる。ところが市は、林地開発許可がない申請に都市計画法にもとづく宅地造成変更許可を出した。

 

 この時点では、先に見た隣接地の違法な地区外盛り土を行政側は確認していたが、それが黙認されて宅地造成変更許可が出た。

 

 そして工事が始まってから2年近く経った2008年4月、県はようやく森林法にもとづく是正指導に乗り出すが、是正工事完了報告書を受理した同年5月30日、県が是正指導をおこなったまさにそのD工区で擁壁(盛り土の側面が崩れ落ちるのを防ぐ壁)が倒壊し、下流の住宅街に濁水が流れ込んだ。

 

 ところが同じ日、県議会・林地開発許可諮問会議に、県はその間の経緯を偽って許可申請をあげ、諮問会議は熱海市長の意見照会もおこなったうえで、「問題なし」として林地開発許可を出した。本来なら、2006年の都市開発法にもとづく開発行為と同時許可でなければならないものだ。県は事業者の違法行為を発見してもそれを見逃し、その後になって事業者の申請を受理し、お墨付きを与えている。まったく順番が逆である。

 

 ちなみにこの宅地造成は、一部完了しているとはいえ、そのうちただの一宅地も販売されていない。

 

 これについては、宅地造成地を太陽光発電施設用地として利用する意向が事業者にあると公文書で確認できる。

 

発災地点

 

 次に発災地点ではどうだったか。発災地点で県は2006年、違法盛り土を確認しながら黙認したことはすでに見た。

 

 翌2007年になると、4月に逢初川で土砂流出事故が起こった。ここで県は森林法違反として是正指導に乗り出すが、本来なら土砂の撤去・原状復旧を求めなければならないはずが、そうせず、簡易な植栽などの措置で是正指導完了とした。県がお墨付きを与えたことで、違法盛り土は土石流災害のその日まで放置されることになった。

 

 同年7月には発災地点そばの七尾調圧槽(水道施設)が崩れた。これも宅地造成E工区の部分完了と同時期であることから、違法な地区外造成であることは十分予測できる。

 

 しかし熱海市は、違法な工事による水道施設の崩壊を「台風による天災」として市議会議長に報告した。

 

 2011年9月、今度は七尾本宮線終点付近(土石流災害の下部)の土砂が崩落した。

 

 しかし熱海市は事業者と協議しただけで、安全対策を強制する措置命令を見送った。

 

太陽光発電

 

 もう一つは、発災地点のすぐ西にある太陽光発電施設をめぐる問題だ。ここ一帯の土地は2011年にS社からZ社に転売され、Z社は2016年、盛り土の南西側に太陽光発電施設を設置した。清水氏はこの太陽光発電施設をめぐる問題が、静岡県と熱海市の行政対応の本質を見極めるうえでわかりやすい事例だとのべている。

 

 2016年6月23日、この地域ですでに数千平方㍍にわたる違法な森林伐採と造成工事がおこなわれていることを森林パトロールが発見した。しかし県や市は違法伐採を確認しながら、原状復旧を求めることをせずにそれを容認し、形式的な報告書を出させたうえで、太陽光発電施設の申請に対して宅地造成等規制法にもとづく許可を出し、設置事業計画書を受け付けている。

 

 そして森林パトロールの発見から1年以上たった2017年7月24日、県はまったく関係のない理由で森林法にもとづく「緊急伐採届け」を出させて受理し、違法伐採を合法化した。「緊急伐採」の理由とした土砂災害は存在しなかった。この「緊急伐採」の理由付けを考えたのは県と市の側だった。

 

 清水氏はこの経過について、「事業者が巧みに法の目をかいくぐったので、行政は申請を受け付けざるを得なかった」というものではなく、「行政が巧みに法の目をかいくぐらせる申請理由を考え、また、簡易な届出受理で違法造成を合法化した」というものだとしている。

 

 その結果、災害防止のための調整池の設置や下流河川整備がされないまま、太陽光発電は不安定な盛り土の上で発電だけは続けるという、きわめて危険な状態が現在も続いている。

 

■すぐにとるべき対策

 

 以上の検証から、清水氏は「静岡県の原因究明はすべて責任回避であり、裁判の争点をずらすことを目的としたものではないか」と疑問を呈する。行政手続きに関する裁判の争点は「予見可能性」になることが予測されるからだ。

 

 土石流災害を防ぐためには、違法な盛り土を発見した場合、森林法にもとづいて盛り土を止めさせ撤去させることであり、違法伐採があったのなら原状復旧を指導すればよい。それは当たり前のことだが、静岡県はそれができていなかった。

 

 「マスコミは、熱海市長が措置命令を見送ったことが争点であるかのように報じたが、県が悪質業者に土砂撤去の行政指導をしなかったことを隠すために、“措置命令”に着目させたのではないかと考え始めている」と清水氏はいう。

 

 清水氏によれば、盛り土が大量に残され危険な状態が続いている現在、今後の対処としてもっとも有効なのは、都市計画法第八一条の規定による宅地造成許可の是正指導だという。

 

 「これは条例ではなく法律なので強制力も強く、行政代執行をおこなわなくとも、土砂撤去や是正工事の命令を出せるし、従わない場合は許可のとり消しをすることも可能だ。この宅地造成は2020(令和2)年度に地位の承継もおこなわれていることから、現土地所有者に県が是正指導をおこない、復旧計画書を提出させ工事をおこなわせればよいだけだ。時効もまだ発生していない。行政が真摯(しんし)に向き合いさえすれば、今すぐにでも是正指導ができる」

 

 土石流災害の原因を地下水だけに求めるのではなく、発災地点と宅地造成とを一体のものとしてとらえ検証することで、そのことが見えてくる。「盛り土の届出に対する規制は県土採取規制条例しかない」という静岡県の主張が、そもそも事実に反する言い訳にすぎないということだろう。この清水氏の原因究明に対して、静岡県・川勝平太知事がどのような態度をとるか注目されている。

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