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ゲノム編集の推進を憂慮 学者7氏が声明と呼びかけ文

 厚生労働省が今月1日から、狙った遺伝子を改変する「ゲノム編集」食品の販売へ向けた事前相談を開始した。今回開始した新制度は、ゲノム編集食品についてまだどのようなリスクがあるか明確な解明が進んでいないにもかかわらず、多くの商品を安全性審査もなく、厚生労働省に届け出るだけで販売できることが大きな特徴だ。しかも商品には「ゲノム編集食品」と表示する義務もない。すでに種子大手の米コルテバ・アグリサイエンス(元ダウ・デュポン)は年内にもゲノム編集トウモロコシ販売の届け出をおこなう動きを見せている。知らないうちにゲノム編集食品を口に入れてしまうことも現実味を帯びており、生物学者は「ゲノム編集技術の拙速な推進を憂慮する声明」を発し警鐘を鳴らしている。

 

 ゲノムは生物に不可欠な遺伝子情報の一つで生命の設計図である。そのDNAの狙った場所に切り込みを入れ、特定の遺伝子の機能を失わせるのが最新のゲノム編集技術だ。

 

 たとえば筋肉の成長を抑制するミオスタチンという遺伝子の機能を壊せば、通常の何倍も肉付きのよいマダイやフグ、肉牛を生産することができる。同じ方法を使って、野菜や穀物を改変することも可能だ。遺伝子組み換え食品のように他の生物の遺伝子を外から挿入する方法と違うため、政府は大きなリスクはないとの立場をとっている。

 

 そのため厚労省は狙った遺伝子の機能を失わせたゲノム編集食品については、届け出のみで販売を認める方針を決定し、別の遺伝子を挿入したゲノム編集食品のみ「遺伝子組み換え食品と同様の審査が必要」としている。

 

 それに加えてゲノム編集技術はモンサント・バイエル連合とダウ・デュポンの二強が独占する状態になっており、日本におけるゲノム編集食品の本格的な流通開始は米バイオメジャーの実験場と化す危険もはらんでいる。

 

 すでにGABAを多く含むトマトや、毒性のないジャガイモ、肉厚マダイの開発などが進行しており、年内にも市場に出回るすう勢になっている。

 

 こうしたなかで9月25日、池内了(名古屋大学名誉教授、物理学)、市野川容孝(東京大学、社会学)、河田昌東(遺伝子組み換え情報室代表、分子生物学)、木村―黒田純子(環境脳神経科学情報センター副代表、神経毒性学)、久保田裕子(國學院大學教授、消費経済学)、小松美彦(東京大学、生命倫理学)、島薗進(上智大学教授、宗教学)の七氏が呼びかけ人になり、「ゲノム編集技術の拙速な推進を憂慮する学者声明」(賛同の連絡先は特定非営利活動法人・日本消費者連盟)を発表して賛同を呼びかけている。

 

学者・研究者への呼びかけ文(要旨)

 

 政府がゲノム編集技術の実用化に慎重な政策をとるよう声明(別掲)にご賛同をお願いする。

 

 2018年11月、中国の研究者がゲノム編集技術を利用してHIVに感染しない双子の赤ちゃんを誕生させた、というニュースは世界の科学者・研究者に大きな衝撃をもって受け止められた。それ以来、マスコミにもゲノム編集に関するニュースがたびたびとりあげられ、農漁業や医療関係の国内での研究の現状も報じられるようになった。それにともない、厚生労働省も研究や商品開発、臨床応用に関する新たな規制・基準を作るべく専門部会で検討し、食品などについては今年3月に報告書をまとめた。

 

 農畜産物や漁業関係など食品については、これまでの遺伝子組み換えとは異なり、外来遺伝子がない場合は従来の突然変異による品種改良と変わらない、として安全審査をおこなわず、開発者からの国への届け出だけで良い、とする方針とのことだ。

 

 しかしゲノム編集技術は開発されてまだ日が浅く、標的外の遺伝子を破壊する「オフターゲット」をはじめ実用化にはまだまだ未解決の問題がある。また、ゲノム編集された生物は改変された遺伝子を次世代以降も継続して伝えていく(遺伝子ドライブ)ため、自然界に放出されれば生態系に大きな影響をもたらす危険がある。こうしたことからEU(欧州連合)では2018年7月、欧州司法裁判所がゲノム編集技術について従来の遺伝子組み換えと同様の規制が必要との判決を下し、各国が規制について検討中だ。

 

 卵子や精子、受精卵などの生殖細胞系列のゲノム編集については生命倫理の観点からアメリカはじめ各国とも慎重な態度をとっており、研究と臨床応用については厳しく区別し規制する方針だ。

 

 上記のような現状にかんがみ、わが国においてもゲノム編集技術について拙速に実用化を急がず、今後なお一層の研究開発と規制の両面を維持しつつ、将来の社会にとって有用な技術となるよう政策を進めていくべきだと考える。

 

ゲノム編集技術の拙速な推進を憂慮する学者声明(要旨) 

 

 いま、ゲノム編集という新しい遺伝子操作の技術が社会全体に大きなインパクトを与えつつある。従来の遺伝子組み換えに比べ、改変する遺伝子を特定して速やかに切断し、新たな遺伝子を挿入することができる。しかし、その一方でゲノム編集の現在の技術レベルは標的外の遺伝子を傷つける「オフターゲット」など、大きな問題を幾重にも抱えている。しかも、遺伝子の改変は世代を越えて継続するため、一度改変すると人間を含む自然界にどのような影響が及ぶのか現在の科学では予測がつかない。

 

 また、この技術を応用した作物や動物がアメリカなどですでに食品として流通を始めており、日本へも輸入が始まろうとしている。それに対して日本の政府は、環境影響評価も食品の安全審査もせず、表示もしないことに決めた。これでは消費者の健康と安全を保障することはできない。

 

 さらには、そもそも遺伝子に関わる政策は、往往にして人間に優劣をつけ、民族差別や障害者差別などの偏見をもたらし、優生思想の根拠にもなってきた。ゲノム編集の登場は、社会に存在・潜在する差別意識をいっそう拡大することになりかねない。

 

 このようにいま、環境も、食の安全も、生命をめぐる倫理も、きわめて危うい状況にある。動物性集合胚や人間の受精卵の作成など、従来禁忌とされてきた領域に次次と踏み込み始めてもいるのだ。このままいくと、後代の人間存在、文明や社会のありようにも大きく影響を及ぼすことだろう。

 

 私たちは、以上のようなゲノム編集をめぐる現在の状況に対して、政府による適切かつ有効な規制を求める。

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