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『カテギ:物流倉庫でミックスコーヒーをがぶ飲みしながら働いた話』 イ・ジョンチョル 著 印イェニ 訳

 日本の物流業界は、今年4月から時間外労働時間の罰則付き上限規制が始まり、2030年には3割の荷物が運べなくなるといわれている。いわゆる「2024年問題」だが、その背景に、ネット通販の急拡大や、物流規制緩和によって事業者が増え、ドライバーに低賃金・長時間労働が強いられてきた問題がある。

 

 この作品が扱っているのは、お隣の国、韓国の物流業界だ。作者は6年間、5つの宅配会社で「カデギ」のアルバイトをした。カデギとは、トラックで運ばれてくる積み荷をおろす肉体労働のことをさす韓国の業界用語で、体力の消耗が半端ではないことから「地獄のバイト」として知られる。

 

 美術学校卒業後、漫画家をめざしてソウルに上京し、そこで生計を立てるためにやむなく始めたバイトだったが、そこで数多くの先輩ドライバーやカデギの仲間たちとともに汗を流すなかで、著者はバカ正直にコツコツ働く彼らが好きになったという。そして彼らが聞かせてくれる宅配システムの全体像や問題点、誰にもいえないような私生活のエピソードが、著者の頭のなかで漫画に変わった。そして劇画調でないシンプルな絵と、渋い配色で、事実を淡々と描いている。

 

 株主利益第一主義が貫く現場は、誰もが心も体も「こわれもの注意」で、みんな寝不足で疲れ切った顔をしている。

 

 トラックドライバーは夕方出社し、徹夜で物流センターの間を往復して、早朝、営業所に荷物をもってくる。そこでカデギたちは、荷下ろしにとりかかるのだが、トラック1台の荷物は1000個をこえ、全部おろすのに4~5時間かかる。それが1日に7~8台来るときもある。

 

 とくに重いのが数十㌔もあるコメや農産物。さらに家電製品や家具もあるため、作業開始とともに全身から汗が噴き出す。倉庫の風景が一変するお盆パニックがあり、もっとたいへんな秋のキムチシーズンもある。おまけにバイトは営業所長に気に入られなければすぐにクビとなる運命だ。

 

 一方、カデギがおろす荷物の中から担当地区の荷物を受けとる宅配ドライバーは、宅配会社の社員ではなく個人事業主。個人事業主だから、車のローンや維持費、ガソリン代などはすべて自己負担だ。当日配達が原則で、客からクレームがあれば減点、ケガをしても自己責任だし、病気で休んで配達が遅れたら契約違反でドライバーが責任を負う。他方で、韓国最大の宅配会社は市場の四割以上を独占し、1件当りの配達手数料を70円まで下げたので、より多くの仕事をこなさなければ生活は維持できない。

 

 一人一人のカデギやドライバーに寄り沿う著者の描写は温かい。宅配ドライバーのパクさん(30代)は、早朝、妻や幼な子が目を覚まさないよう気をつけながら出勤し、仕事が不慣れなため、家に帰るのは夜の12時過ぎになる。会社勤めだったが将来に不安を感じ、辞めて商売を始めたが、うまくいかなかったのでここに来たという。それでも、毎日妻への電話は欠かさない。

 

 同じく宅配ドライバーのジャンボさんは、出発前、田舎から届く荷物を確認する老婦人の再三の電話に腹を立てていた。その日は一日中、雨。びしょ濡れになりながら荷物を届けると、その老婦人は温かい蜂蜜茶を用意して待っていた。「あったけー」「きょうは電話で怒って悪いことをした」「お袋はどうしているかな」。その日以来ジャンボさんは、仲間のドライバーのために飲み物を常備するようになった。

 

 年末にはドライバーたちが、著者を含むバイトのカデギたちを、焼き肉屋の忘年会に誘ってくれた。「バイトのみなさんが来た。ようこそ、どうぞ座って」「口には出さずとも感謝しているんだよ」「たまに文句をいっても大目に見てください。配達が遅れるかと心配で…」「きょうは好きなだけ注文してね」

 

 配達する荷物の一つ一つに物語があるように、働く者一人一人にも物語がある。カデギたちは、目の前に立ちはだかるトラックの積荷の壁を崩すため、みんなで力をあわせる。著者はその「みんなで一緒に積荷の壁を崩す」という行為を、今の社会のなかで働く者の前に立ちふさがる壁を崩すことと重ねている。

 

 韓国では2022年末、個人事業主であるトラックドライバー2万2000人が一斉にストライキに立ち上がった。そのドライバーたちやカデギたちの、日々の喜びや悲しみ、怒りの感情が、絵の中から伝わってくるようだ。この作品は2019年、韓国で「いまの私たちの漫画賞」を受賞した。

 

(ころから発行、A5判並製・288ページ、定価2500円+税)

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