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『コロナ禍のアメリカを行く』 著 デール・マハリッジ 訳 上京恵

 ジャーナリストの著者は、40年間にわたってアメリカの貧困問題を取材し、記事にしてきた。2020年5月、著者は近所に住む造園技師がコロナ・パンデミックで解雇され、ホームレスとなり、空き缶を集めて日銭を稼いでいるところに出くわす。ただならぬ状況を感じた著者は、それから米国を西から東に横断しながら、人々の生の声を直接聞くための旅に出る。それをまとめたのが本書だ。

 

 読み進めてまず目を引くのが、コロナ以前もホームレスが多かった米国で、コロナ禍の下でさらにホームレスが急増していることだ。

 

 カリフォルニア州サクラメントでは、コロナ禍でホームレスたちが周辺の郡から続々と流入し、おびただしい数のテントが集中する一大キャンプ地がいくつもできていた。その一つ、スネーク・ビット(蛇の巣穴)と呼ばれるキャンプ地には1万人が暮らす。そこはまるで『怒りの葡萄』のように一つの都市のごとく発達し、ホームレスの子どもが通う学校や精神科のクリニックまであった。非営利団体が寄付で運営しているという。

 

 原因は、コロナで職を失い、失業保険も出ない人たちが、家やアパートを追い出されているからだ。失業しないまでも、米国では最低賃金は時給15㌦。アマゾンは時給わずか12㌦だ。税金を払った後の手取りにすると週給400㌦程度で、そこから月1800㌦程度の家賃を支払うのは至難の業だ。

 

 今、米国は「史上もっとも厳しい住宅危機」に直面しているといわれる。そして立ち退きを迫られる人々の8割が黒人やラテン系だ。とくに住宅費が高騰しているカリフォルニア州では、410万~540万人が立ち退きの危機にさらされていた(2020年時点)。昨年にはバイデン政府が、コロナ対策としての立ち退き猶予措置を終わらせたと報道されているから、今頃はどうなっているのだろうか。

 

 戦争や自然災害でなく、政府の政治が大勢のホームレスを作り出している。「アメリカ独立宣言は、すべての人間は平等に作られたというが、そいつはこの国最初の大嘘だ。なにもかもカネ次第なんだよ」と住民はいう。

 

 もう一つは食料難だ。アメリカはコロナ・パンデミックの影響で、2020年には5400万人以上が食料不安を抱え、そのなかには1800万人の子どもが含まれるという発表がされた。ラスベガスの食料配給所では6㌔半に及ぶ車の列ができたという。

 

 コロラド州デンバーで食料を無料で配る食料配給所を設立したのは、アフリカ系アメリカ人の男性とその妻だ。彼は小さい頃、母親の恋人に虐待され続け、18歳のときにストリートギャングの抗争に巻き込まれて片目を失った。

 

 その彼がいうには、ここの食料配給所にやってくる車の4分の1から3分の1は白人だ。しかも、ジャガーやメルセデス・ベンツ、BMWに乗って来る人もおり、失業前にはそれなりの地位や肩書きがあったことがうかがえる。

 

 気になるのは、彼らのほとんどが黒人から施しの食料を受けとるのが居心地悪そうなことだ。責任者が黒人というのを信じない人もいる。彼は「俺たちはみな、なんらかの理由でお互い憎しみあうように生まれついている。だからこそ、俺たちは人の考え方を変えていかなくちゃならない。黒人がみな犯罪者ってわけじゃない」という。

 

 シリコンバレーの中心地、カリフォルニア州パロアルト市では、1997年に歩道で座ることや横になることを禁止するシット・ライ条例ができた。2013年には車の中で寝ることも違法となった。ホームレスを追い出すためだ。

 

 カリフォルニアでは、自宅の周りに壁を築く富裕層が増えている。著者はそこに、1980年代の内戦下のエルサルバドルのような後進国状態を見ている。当時のエルサルバドルでは、独裁政治家たちが民衆の怒りに恐怖して壁の上に壁を築いていた。

 

 ネブラスカ州クリートは食肉加工の町だ。そこで著者は、移民労働者の搾取の実態を聞く。

 

 この町にあるスミスフィールド食品工場では、毎日1万頭の豚が食肉加工されている。そして豚をさばくのはほとんどがラテン系の移民たちだ。しかもそこで数千人の労働者たちは、凍る一歩手前の温度に保たれた工場内で鋭い刃物で動物を解体するとき、互いに肩が触れんばかりの距離にぎゅうぎゅう詰めに詰め込まれて作業している。

 

 その食肉加工工場を新型コロナの流行が襲った。そのとき、スミスフィールドのCEOは、州知事に「マスクを着用してソーシャルディスタンスを保てという市の呼びかけが、労働者のヒステリーを招いている」と抗議した。企業が利益を上げ続けるために労働者の安全がいかに犠牲にされているか、である。

 

 しかも州知事も、州の保健福祉省に対し、感染した労働者の数を公開しないよう命令していたことが明らかになった。その後、ラテン系の人々は町の人口のわずか11%なのにもかかわらず、陽性者の6割を占めていることが暴露されたという。

 

 それをきっかけに地域住民たちの抗議行動やデモ行進が始まった。ある女性は「なにもやろうとしない方が悪いというのは、みんな気づいている。自分の労働が世の中全体の仕組みの中でどう利用されてるかを、みんなにわかってもらいたい」とのべている。

 

 歴史的な人種差別に加え、レーガン以降の新自由主義で「自由競争こそが社会を発展させる。社会保障を充実すれば人々は働かなくなる」という考えがまかりとおり、金持ちはますます金持ちに、貧乏人はますます貧乏になった。そうした社会がパンデミックにいかに脆弱かが、今のコロナ禍であぶり出されている。コロナ感染者も死者も、米国は世界第1位だ。

 

 解決策は明らかで、最低賃金を引き上げ、公営住宅を建て、貧富にかかわりなく教育を施すこと、そうして国民全体にとって真に平等な社会をつくりあげることだ。著者はそれを現実の目標として提起し、1930年世界大恐慌時に解決できなかった問題に踏み込むことを訴えている。

 

 (原書房発行、四六判・226ページ、定価2000円+税

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