いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

文字サイズ
文字を通常サイズにする文字を大きいサイズにする

『東電原発事故 10年で明らかになったこと』 著・添田孝史

 菅内閣が福島原発放射能汚染水の海洋放出を決定したことに、国内外から厳しい批判の声があがっている。

 

 最近出版された本書の目的は、事故から10年の時点で明らかになった全体像を示すことだ。著者は、10年前から福島原発事故にかかわってきた科学ジャーナリスト。

 

 まず、福島第一原発で何が起きたのか? 著者は「4号機爆発までの4日間」「混乱した避難と情報隠し」「広がった汚染」と時系列で追っていく。詳しくは本書を見てほしいが、目が止まったのは「国や東電が避難対策をいかに軽視してきたか」というところだ。

 

 福島県で避難した人は16万人以上にのぼった。そのなかで震災関連死、つまり原発事故にともなう遠方への避難や複数回に及ぶ避難所移動で体調を崩したことによる死者が、地震や津波による死者を上回る2313人にのぼっている。2006年5月、国際水準と比べて見劣りする事故時の避難対策の見直しを求められた経産省原子力安全・保安院院長が、「寝た子を起こすな」といってそれを一蹴したことが明らかになっている。

 

チェルノブイリ同様 子どもの甲状腺がん増

 

 また、チェルノブイリ事故同様、子どもの甲状腺がんが増えた。政府と福島県は住民のなかから甲状腺被曝が多そうな人をふるい分けて詳しく調べる基準値をもうけていたが、事故直後に基準値をこえる人が続出したことから、原発爆発2日後に基準値を10倍も緩めてしまった。しかも直接測定した子どもの数は、チェルノブイリ事故では十数万人だったのに、今回は1080人と二桁も少ない。現在までに手術をして甲状腺がんと確定した子どもが199人いる。

 

 次に、事故はなぜ防げなかったのか?

 

 そもそも国や東電はじめ各電力会社は「原発は絶対に事故を起こさない」と主張して、地元に建設・運転を認めさせてきた。事故後、東電経営陣は「想定外の事故」とくり返したが、想定外ではなかったことを証明する事実が次々と明らかになっている。

 

 2002年、政府の地震調査研究推進本部は、東北地方でM8クラスの巨大地震が今後30年以内に20%の確率で起きるとの長期評価を発表した。原子力安全・保安院は東電に、この地震による津波で原発プラントが大丈夫かどうかの説明を求めた。東電は「土木学会の想定」を盾に「津波地震はない」と40分も抵抗し、拒否した。

 

 後日、「土木学会の想定」はウソで、この時点では土木学会は検討そのものをしていなかったことが明らかになっている。

 

 2007年の電事連の会議で、福島第一は土木学会が想定した津波に対して余裕がゼロで、全国の原発のなかでもっとも津波に余裕がない脆弱な原発で、唯一「対策実施検討」と指摘されていた。

 

 2008年、東電の土木調査グループは「15・7㍍の津波への対策は不可避(1~4号機が浸水し全電源喪失になる)」と指摘していたが、経営陣が先送りを決めた。同年、東北電力は女川原発をめぐり、貞観津波を想定した報告書を作成したが、それを福島第一に適用すれば敷地をこえてしまうため、東電は東北電力に圧力をかけて書き換えさせた。

 

 以上の事実は国や東電、他の電力会社がまるで口裏をあわせたように事故後もずっと隠し続けてきたことだが、それが2018年以降の裁判のなかで暴露された。いかに企業のもうけを優先して人命を軽視してきたかである。だが、それをメディアが国民に十分に周知しているとはいえない。

 

 事故の検証と賠償は進んだか? 2012年7月に国会事故調が「福島原発事故は人災」という報告書を出した後でも、東電や国は法的責任を認めなかった。責任者が謝罪したわけでもなく、組織内で関係者が処分されたわけでもない。

 

 東電の被害者に対する賠償を見ても、著者は被害者から次の二点で強い批判があるとしている。一つは、避難指示にもとづく住民への慰謝料が一人月10万円とされ、自動車事故で最低限の補償を担っている自賠責保険の慰謝料と同じレベルであること、もう一つは被害地域や被害期間などの線引きが、東電や国という加害者主導で決められていることだ。東電は賠償を渋っているうえ、裁判外紛争解決手続きによる和解案もしばしば拒否している。

 

 東電経営陣の刑事責任の追及はどうか? 東電の元会長・勝俣恒久、元副社長の武黒一郎、武藤栄の旧経営陣3人が事故を防がなかったとして2012年6月に告訴・告発されたが、東京地検は不起訴処分をくり返した。東京第五検察審査会が彼らを「起訴相当(起訴すべきだ)」と二度にわたって議決したことで、ようやく強制起訴が決まったが、一審の東京地裁は2019年9月、3人全員に無罪をいい渡した。「東電の天皇」といわれた勝俣は、裁判所の証言台で「責任は第一義的に現場にある」といって恥じなかった。

 

 著者は、これは事故というより、東電という一私企業が放射性物質をばらまいた史上最大規模の公害事件だと断じている。それで誰一人おとがめなしで終われば、再び次の原発事故が起きないという保証はない。

 

 また東電はじめ各電力会社は再エネビジネスにも参入しており、ここでも新たな公害事件が起きつつある。福島原発事故の原因と背景に迫る検証と責任追及は引き続き重要だ。


 (平凡社新書、231ページ、定価840円+税

関連する記事

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。なお、コメントは承認制です。