いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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『つくられた格差』 著・エマニュエル・サエズ、ガブリエル・ズックマン

 4年前の大統領選の最中、大統領候補テレビ討論会でドナルド・トランプは、連邦所得税を一銭も払っていないと指摘されると、誇らしげにそれを認め、「それは私が賢いからだ」とのべた。トランプだけでなく、米国有数の富豪は税金を払っていない。

 

 カリフォルニア大学バークレー校の2人の教授は、アメリカ社会の各階層が1913年以来どれだけの税金を払っているかを推計し、税制全体の累進制がどのように逆進性に転じてきたのかをまとめた。

 

 1970年に米国の最富裕層は、あらゆる税を合算すると、所得の50%以上を税金として支払っていた。これは当時の所得階層下位9割の3倍に相当する。ところが2018年には、所得階層最上位0・1%の超富裕層が支払った税金は所得の20%程度であり、他方で年間平均所得が1万8500㌦(約194万円)の労働者層(所得階層の下位50%)は所得の25%前後を税金として支払っている。こうした逆転現象は、過去100年で初めてのことだという。税制民主化の歴史が否定され、100年前に戻ってしまった。

 

 なぜ貧困層の税率が高くなったのか? 第一は給与税である。米国のすべての労働者はいかに賃金が少なかろうと、賃金を受けとった段階で15・3%の給与税が差し引かれる。内訳は社会保障料の12・4%とメディケア税の2・9%だ。給与税は1950年には3%だったから、5倍以上に跳ね上がっている。

 

 第二は消費税だ。米国には付加価値税はないが、売上税(車や衣服、電化製品など)や物品税(燃料やアルコール、たばこなど)が氾濫しており、それが物価を押し上げている。そして、きわめて逆進的な効果を生み出しているという。

 

 一方、富裕層の税率が低い最大の理由は、その所得の大半を占める株式保有が非課税になっているからだ。フェイスブックの創設者ザッカーバーグは、同社の株の2割を所有している。同社は2018年に200億㌦の利益を上げ、ザッカーバーグの所得は40億㌦増えたが、この40億㌦は個人所得税の課税対象にならない。ザッカーバーグが持ち株を売らない限り、彼の個人所得税の実効税率はゼロである。

 

 ザッカーバーグにかかる唯一の税金が、自分の持ち分に相当するフェイスブックの法人税だ。企業が配当の支払を制限していても、法人税は再投資や配当支出前の利益に課税することができる。しかし、2018年にトランプが法人税を35%から21%に引き下げた。それによって連邦政府の法人税収は前年の半分に落ち込んだが、富裕層はその分、課税をのがれることができた。

 

 超富裕層はますます肥え太り、労働者層はますます貧乏になっているが、税制がこの傾向を抑制するどころか助長している。

 

租税回避に政府がお墨付き “税金は窃盗”と

 

 米国で連邦所得税が法制化されたのが1913年。世界大恐慌下で社会主義に対抗してニューディール政策をおし進めた1930年代から、米国政府は所得税の最高限界税率(最上位の税率区分にかける税率)を80~90%に設定し、それを1970年代まで続けた。当時、あらゆる税を含めた富裕層の実効税率は50%をこえていた。

 

 ところが1986年、共和党の大統領レーガンは所得税の最高限界税率を28%まで一気に引き下げた。このときアル・ゴアやジョー・バイデンなど民主党議員もみな歓喜して賛成票を投じた。「小さな政府」を掲げるレーガンのもと、「社会などというものは存在しない」「税金は合法的な窃盗だ」という新自由主義が大手を振るった。租税回避に政府がお墨付きを与えたことで、租税回避産業が急成長したのである。

 

 ちなみに日本政府も、1980年の75%を45%に引き下げている。

 

 さらに2018年、トランプが法人税率を35%から21%に引き下げた。米連邦法人税の税率は1995年から2017年までずっと35%で、企業利益は経済成長を上回るペースで拡大していたのに、法人税収は3割も減った。莫大な額の企業利益がタックスヘイブン(租税回避地)に移転されていたからだ。しかもトランプはそれを理由に、法人税収をさらに引き下げた。この時期、フランスも日本もこれに同調した。

 

 現在、世界の多国籍企業の海外利益の4割が、ケイマン諸島やルクセンブルクやシンガポールなどのタックスヘイブンに計上され、わずか5~10%の税金を課されるのみとなっている。それを主におこなっているのはIT企業だ。今ではタックスヘイブンの政府は、税率やさまざまな規制、法的な義務を決める権限を多国籍企業に売り渡しているという。国家主権まで商品化される時代になっている。

 

 著者は、アメリカ社会の再生のために、公的資金で幼少時から大学までの教育、高齢者への生活支援、万人への医療を提供することを提起し、それは富裕層への課税を強化すれば可能だとのべている。すべての富の源泉はあらゆる分野の生産労働だが、グローバル企業が海外でボロもうけをしながら税金の支払を拒否する一方、残された労働者からの課税は強化し、教育も福祉も医療も公的なインフラ整備も削減して源泉を枯らす社会に、未来はないからだ。日本にも共通する問題である。 

 

 (光文社発行、B6判・298ページ、定価2200円+税

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