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『人間使い捨て国家』 著・明石順平

 日本は世界の中でも異常な低賃金・長時間労働の「人間使い捨て国家」であり、それが過労死や過労自殺という不幸な事件をくり返させ、国を衰退させる大きな要因になっている。安倍政府の「働き方改革」はそれに輪をかけて悪化させるものだ。著者はブラック企業被害対策の弁護士としての経験から、コンビニ店長や外国人労働など日本の労働現場の実情と、公表されている統計数字をもとに以上のことを訴え、現状を変える具体的政策を世に問うている。

 

 日本の一般労働者(パート以外)の年間総実労働時間は世界の中でも長く、統計では年間2000時間。月の最後の1週間の就業時間が60時間以上(残業時間が週20時間以上)の労働者は10人に1人、実数で四百数十万人いる。とくに30代と40代男性の割合が高い。週労働時間が49時間以上の者の割合は、ドイツやフランスに比べて2倍だ。

 

 過労によって発症する脳・心臓疾患の労災請求件数が年に800~900件。同じく精神障害の労災請求件数は1700件をこえる。両者の死亡者はあわせて年間200人以上。さらに2017年の正社員の自殺者は95人。だがこれは氷山の一角で、警察庁発表によれば昨年の自殺の動機で「勤務関係」が2018人、「不詳」が5289人もいる。

 

 長時間労働で過労死・過労うつに追い込まれても、証拠が足りないとか、そもそも請求する気力自体を奪われているという理由で、労災請求を断念する労働者や遺族はさらに多い。もし請求しても、労災に認定されるのはそのうちの3割にすぎない。

 

 しかもその多くが残業代不払いであった。欧米や韓国は残業手当の割増率が50%で、残業代は長時間労働に対するブレーキとして機能しているといわれる。しかし日本の割増率は25%、しかもそれすら払われていない場合が多い。

 

 そして以上のことを規制して労働者を保護するための労働基準法や関連法規が、この20年間で次次と改悪され、抜け穴だらけになっている。

 

 今年4月から施行された改定労働基準法で、1月の残業時間の合計が100時間未満と、過労死ラインまでの残業を合法化した。運輸業と建設業は脳・心臓疾患の労災認定件数で常に上位を占めるが、疲労困憊したドライバーが運転する事故に巻き込まれたり、施工ミスした建物が倒壊して被害が出るケースが増えている。

 

 一方、三六協定を締結しないで残業させたり、上限をこえたり、残業代不払いの場合の罰則は、罰金30万円である。高橋まつりさんの過労死事件も、電通に科された刑事罰はわずか50万円で、電通にとっては痛くもかゆくもない。それがまた、同様の事件が後を絶たない原因にもなっている。他方、著作権法や特許法違反は、個人に対して1000万円以下、法人には3億円以下の罰金が科される。法律自体が企業のもうけを守るためにあり、労働者を保護するものではない。企業が求人票に実際とは異なる労働条件を書いて騙して採用しても、その人が労働契約書にサインしていれば罰則はなく、求人詐欺は野放しだ。

 

 その他、裁量労働制や高度プロフェッショナル制度によって残業代をカットし(高プロ制は成果で評価することを義務づけていない。メディアが嘘を流している)、「変型労働時間制」や「年俸制」は本来残業代は出るのに、人人の誤解を利用してこれもカットしている。法律自体緩すぎるものにしたうえ、その法律すら無視して、いったいどれだけ不払い賃金をかすめとっているのか。

 

 本書ではこうした労働法制をつくるための財界と政府の癒着も暴露している。小泉構造改革で中心的な役割を果たしたのが経済財政諮問会議だが、その中心は竹中平蔵だった。そして、製造業の派遣を解禁したのが小泉内閣の総合規制改革会議だが、同会議の議長がオリックス会長の宮内義彦、同会議のなかには人材派遣業ザ・アール社長の奥谷禮子、リクルート社長の河野栄子と人材派遣業の委員が2人も入り、しかもザ・アールの第2位株主がオリックスで、リクルートはオリックスの取引先だった。彼らは経済財政諮問会議と密接に連携をとって製造業派遣の解禁に采配を振るった。一事が万事である。

 

 こうして富を生産し社会を成り立たせる人間労働を奴隷的に搾取することによって、外国人投資家をはじめとする株主利益を増やし、大企業の純利益や内部留保を増やす一方で、大多数の労働者を貧困化させ、国内の消費市場を冷え込ませ、少子化に拍車をかけて日本の未来をつぶしているのだ。

 

 著者は本書の最終章で、最低賃金1500円の早期実現など、使い捨て国家から脱するためのいくつかの方策も提案している。購買力平価で比較した場合、日本の現在の最低賃金は欧州主要国を下回り、韓国よりも低い。それは、欧米の場合はすべての不熟練労働者の最低賃金を示すが、日本の場合、家計補助労働者(おもに主婦パート)の最低額という位置づけだからだという。しかもイギリスは全国一律だが、日本は東京が一番高く、都市と地方の差をつけることが労働力の都市部への一極集中を促し、地方をさらに疲弊させることにつながっており、その是正も不可欠だとのべている。 

  
 (角川新書、286ページ、定価860円+税

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