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長崎「原爆と戦争展」総括会議   8・6広島に被爆者や学生代表参加へ

 長崎市中央公民館で24日、今月初旬に長崎西洋館で開催された第7回長崎「原爆と戦争展」(主催/原爆展を成功させる長崎の会、同広島の会、下関原爆被害者の会)の第3回主催者会議がおこなわれた。同展の運営に携わってきた長崎の会の被爆者をはじめ主婦や大学生、高校生などが参加し、大きな反響を呼んだ今年の原爆と戦争展の成果や感想を交流し、8月6日に広島市でおこなわれる、原爆と戦争展、原水爆禁止広島集会への参加について論議した。
 事務局から原爆展の概況と会計報告ののち、参加者からはとりくみにかかわった感想や反響について語られ、66年目の原爆記念日が近づくなかで被爆地の声を若い世代や全国に広げていく必要性が語られた。
 連日、原爆と戦争展の受付を担った婦人は、「準備の過程もだが、展示会が終わったあとも電車の中で、知らない人から“原爆展お疲れ様”“来年もやるんですね”と声がかけられて驚いている。戦後生まれの妹もはじめて原爆展を見て、すごく衝撃を受けていて、話しただけでは伝わらない体験を伝えるよい機会になった。受付をやっていて本当に良かったと思ったし、これからも自分が頑張らなければと感じている」と感想をのべた。
 婦人被爆者は、「今年は展示物が非常に充実していたので、来場された人たちが感心していた。“来年もぜひやってほしい”といわれたり、毎年の開催を楽しみに待っている人もいる。来年に向けて若い人たちや学校の先生方に見てもらいたいし、継続して開催していくことに意義がある」と話した。
 日参して運営にかかわった男性被爆者は、「若い人たちが非常に真剣に見ていく姿に感心した。オバマ大統領が3度目の臨界前核実験をやり、アメリカがまた核兵器を開発しようとしていることに腹が立って仕方がない。私も14歳で被爆し、両親も親戚も亡くして妹と2人が孤児になったが、できる限り若い人たちに声をかけて真実を伝えていきたい」と意気込みを語った。
 別の男性被爆者は、「またアメリカが核実験をやったことは本性をむき出しにしてきたということだ。オバマが“核廃絶”といったらマスコミが祭り上げ、大騒ぎする連中が軽薄すぎるということだ。あれほどの人を殺したアメリカが口先でなにをいおうと信用できるものではない。私たちは戦争と原爆によって人生が180度変わってしまったが、戦後は三菱造船で働いてきたので真実を語ることができなかった。三菱はいまだに1隻3000億円もする自衛隊艦船を受注しているが、装備兵器は九割がアメリカ製だ。国民の知らないところで戦争の準備をしていることは働いている人間が一番よく知っている。マスコミにだまされてはいけない」と話した。

 学校や若者への呼かけ重視 今後の取組 

 また、今後のとりくみにかかわって、学校関係や若い世代への働きかけを強めていくことや、「原発事故の影響が広がっているが、政府もマスコミも被爆地とは意図的に切り離して、被爆体験が薄らいでいくことを待っているように見える。日本人なら広島や長崎の経験について真剣に学び直す必要があるはずだ」「被爆地から原爆の悲惨さ、平和の大切さについてこれまで以上に伝えていくべきだ」と論議された。
 また、原発事故によって農作物や牛肉などが出荷制限され、商業メディアなどが煽っている問題について、「ワラが汚染されていたというだけで、牛肉そのものから高い放射能が出ているわけでもないのに大騒ぎをするのは異常さを感じる」「あれほど危険だと煽り立てておいて、今になって“食べても影響はない”といっている。無責任きわまりないし、住民を保護するどころか追い詰めている」「長崎では被爆後に特別に土壌改良もやっていないし、野菜も作って魚も食べてきた。勝手に原発を建てておいて、強制的に住民の自由を奪う権利が政府や東電にあるのか」と復興に向かわない原発事故をめぐる対応について一様に違和感が語られた。
 劇団はぐるま座団員からは、7月上旬に沖縄県や長崎県北部、佐賀県などで公演してきた『原爆展物語』の反響を報告し、「どの地域でも“日本社会を根本的に見直す時期だ”と語られ、戦地体験者や被爆者、若い人たちが運動に参加している。8月には広島で再演されるが、広島・長崎と響き合って全国の人たちが動き始める機会にしていきたい」とのべた。
 また、8月6日に広島市でおこなわれる原水爆禁止全国集会へも参加が募られ、代表して被爆者や学生が参加することを決定。8月五5日におこなわれる小中高生平和の旅や全国交流会にも参加し、広島との絆を深め、被爆地の声を全国に発信していく決意が語られた。
 長崎の会の吉山昭子会長は、「原爆記念日に開催される広島で長崎の声をしっかり届けていきたい。まともに原爆を受けたのは広島と長崎だけであり、人生を通じた思いを伝えたい」と抱負をのべた。
 広島でのとりくみにスタッフとして参加する男子学生は、「長崎原爆展では、街頭でビラ配りをしたが熱心に読んでくれる人が多く、7年かけて市民に浸透していることを感じさせられた。広島での本格的な活動に参加するのははじめてだが、若い人たちとのつながりの輪を広げていくためにも気合いをいれて頑張りたい」と意気込みを語った。参加者からは激励の拍手が送られた。
 最後に、8月9日の長崎原爆記念日には、長崎市内での街頭原爆展をやり、広島集会の成果を長崎市民に伝えていくことも確認された。

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